亜樹の萩尾望都作品感想ブログ

*盛大にネタバレしております。記事を探すにはトップのカテゴリー一覧からどうぞ 

(53)『芸術新潮』2019年7月号

毎月10日頃までの更新を(一応)目指しているこのブログですが、今月はすっかり遅くなってしまいました。


もうご覧になった方も多いと思いますが現在発売中の『芸術新潮』7月号(新潮社)は萩尾先生の特集です。
「画業50周年記念 大特集萩尾望都 少女マンガの神が語る、作画のひみつ」と銘打って90ページにも及ぶ大特集!
しかも美術雑誌だけに図版もレイアウトも、とても美しいんです。
表紙がこちら。

 

f:id:mimosaflower:20190720132545j:plain

 

なんと嬉しい描き下ろし!
表紙なので文字が被っていますが、中にも同じ絵が掲載されていて、じっくり鑑賞できます。
バラのアーチの下に佇むエドガーとアラン。
エドガーの腰に大きな鍵が…と思ったら、タイトルは「バラの門の番人」というのでした。


この絵を見ていると「これが今のエドガーとアランなんだなあ」と、しみじみ思います。
ユニコーン」でも感じていましたが今はアランの方が若干背が低いんですね(昔は同じ位でした)。
似たように見える服や靴にもそれぞれの個性が出ているし、体型は旧作の絵に近くなってきたけれどポージングは新しい。
昔と同じではないものの、よく知っている彼らがここにいて、改めて心の中で「おかえり」と呟きました。


表紙をめくると特集の目次。
1ページ全体に「春の夢」連載再開時のカラー予告だったエドガーの絵が使われています。
この絵は「春の夢」の単行本にも収められていないので嬉しい。


特集は次のような構成になっています。


巻頭グラフ
第1章 アトリエ訪問
第2章 クロッキー帳はイメージの宝石箱
第3章 特別インタビュー
第4章 年代別に見る画風の変遷
第5章 タイプ別キャラクター名鑑
第6章 抄録『斎王夢語』
「Mangaマンガ」展レポート


それでは順を追ってご紹介していきます。


★彡巻頭グラフ(12ページ)


ポーの一族」「トーマの心臓」「王妃マルゴ」などの美しいイラストの数々。
この本はすべての図版にタイトルや出典、制作年、サイズ、コメントが付いています。
さすが美術雑誌!


コメントも専門誌ならではの着眼点で面白いのですが、中には完全にファン目線のものも。
例えば「春の夢」Vol. 2 の扉絵のコメントには「ちらりと覗くエドガーとアランの細い足首に萌える」と書かれていて、思わず笑っちゃいました。


巻頭グラフの中で個人的に一番心を惹かれたのは「トーマの心臓」の最終ページの原画です。
雑誌には載らない周囲の余白まで印刷されていて、ホワイトや修正跡も鮮明に出ているんです。
大好きな一枚絵なので本当に嬉しい。


★彡第1章 アトリエ訪問(6ページ)


表紙のイラストを制作中の先生を撮影しています。
広いアトリエですが資料に埋もれて絵を描くスペースが思いのほか狭いのにびっくりしました。
「筆の持ち方がユニーク」と手をアップにしているのが面白い。
使っている画材の写真もあって、絵を描く人は興味深いだろうなと思います。


★彡第2章 クロッキー帳はイメージの宝石箱(10ページ)


特集で私が一番興味深かったのは、この章です。
なんとクロッキー帳がそのまま印刷されている!
先生によると


「まずはクロッキーブックを持って、思いつくままに、プロットやセリフを書いていきます。」
「ある程度かたちが見えて、地図ができあがってから、ネームを起こします。」


その言葉通りクロッキー帳には構想中のキャラクターのスケッチや名前、断片的なセリフ、ストーリー構成、調べ物などがびっしり書き込まれています。
ほぼそのまま作品に使われたセリフもあれば、使われなかったアイデアも。
ポーの一族」で私が気になったのは


「クリフォード医師、写らない男爵――帰り道のあとをつける」
カスター先生宅に招かれた男爵が鏡に映らないことにクリフォードが気づいて、帰りに後をつけるということでしょうね。
この後は、どんな展開を考えておられたのでしょうか。


バンパネラのイキはゼリーのように やわらかい――」
なんか、なまめかしい…。


そして
「火の塔の……アランの死」
あああ、こんな最初から決まっていたなんて…。


クロッキー帳はだいたい月に1冊使われるので今では膨大な量になっているそうです。
他にももっと沢山見せて頂きたいです。


★彡第3章 特別インタビュー(図版ページを含めて22ページ)


女子美術大学の内山博子先生によるインタビュー。
萩尾先生とは旧知の間柄だけあって、5つのテーマに沿って、さまざまなお話を引き出してくださっています。
特に印象に残ったことを拾ってみます。


先生がインスパイアされた絵画や仏像が作品との関連性とともに紹介されているのが面白い。
今度は作品に出てくる音楽の解説も読みたいです。


創作のプロセスの話で出た言葉
「まず、表現したい気持ちや物語が、映像のように頭の中にザーッと浮かぶんです。」
「表情を描くのはとても難しい。(中略)イメージした表情がうまく指先から表れてくれるのがベスト。頭で考えるというより、指先で考えているような感じです。」


好きなモチーフは植物、風、光、窓、階段。
王妃マルゴ」では場面ごとにバラの種類にもこだわって描き分けている。
風と光は画面の演出に。
窓は「内と外との境界」を象徴するものとして、よく使う。


主人公の暗い気持ちや過去の出来事を表したい時は、背景をスミベタにすることが多いかもしれない。


ポーのキャラクターの話
内山先生「作品に描かれていない間、つまり何もドラマが起きていない時、エドガーたちは、どんなふうに過ごしているのでしょう。」
萩尾先生「アランの日常は『一週間』という短篇で描いたことがあります。エドガーは何をしているんでしょうね。本を読んだり、音楽を聴いたり? 吸血鬼だから食事は必要ないはずですが、白いエプロンをつけて目玉焼きなどを作っているようなイメージもありますね(笑)。」
内山先生「それ、番外篇でどうですか?」
萩尾先生「いいですね、日常生活篇(笑)。」
これ、読みたいです!! ぜひ描いてください!!


絵柄の変化について
「絵も一種の『生もの』ですから、実った時が旬だと思うんです。
時が経てば季節も変わるし、土壌も変わる。
同じものを植えたつもりでも、違う花が咲いたりする。
言い換えれば、今の時代にしか描けないものがあるんです。」
この記事のはじめに表紙のエドガーとアランのことを少し書きましたが、今の時代だからこそ、あの2人なんですね。


スマホタブレットで読むことを前提とした作品が増えてきたことについて
「過去の短篇を縦読みに構成し直してみたら、それはそれで面白くなるかもしれないとも思うんです。」
読者の目線を意識したコマ割りを大切にされてきた萩尾先生が、この言葉!
変化を恐れず新しいものに興味を持ち続けることが、ずっと第一線で活躍されている秘訣なのかなと思いました。


★彡第4章 年代別に見る画風の変遷(12ページ)


「図書の家」さんの構成・文による章で、これもとても面白かったです。
70年代、80年代、90年代、2000年代以降と、図版を豊富に使って画風の変遷を解説してくれています。


描写は次第に変化して写実的になり、表現は二次元から映像的に、更に舞台劇のような視覚効果へと進化。
現在は一部にデジタル処理も。


絵柄、ペンタッチ、画面構成といった絵の面だけでなくテーマの変遷も論じていて、とても読み応えがありました。
もっと詳しく多角的に見ていくと1冊の本ができるのではないでしょうか。


★彡第5章 タイプ別キャラクター名鑑(6ページ)


萩尾望都作品目録」の管理人・永井祐子さんの選と文によるキャラクター名鑑。
これがまた楽しいです!
「少年」「大人の男」「両性具有」「少女」「番外編」にカテゴライズして、それぞれをタイプ別に分類し、代表的なキャラクターを数人ずつ紹介するというスタイルです。


例えば私が好きなキャラクターなら、アランは「ちょっとわがままマイペース」タイプで、このタイプは「やや身勝手で周囲を振りまわしつつ、救いも与える重要な役まわり。」うんうん。
ユーリは「生真面目な努力家」タイプで「実直でしっかり者だが不器用な面も。友人たちに愛され、支えられている。」なるほど。


1つひとつのタイプの説明文に愛を感じます。
ちなみにエドガーは「孤高の美少年」として1人だけ別格扱い。
さまざまなタイプがあって面白く、キャラクターやカットのセレクトもさすがです。


★彡第6章 抄録『斎王夢語』(4ページ)


1994年に新潮社から刊行された『斎王夢語』が復刊されるとのことで、その告知を兼ねたページ。
これは萩尾先生が伊勢神宮式年遷宮を記念する舞台用に執筆された戯曲だそうです。


5人の皇女(ひめみこ)が挿絵とともに紹介され、旧版のカバーイラストと口絵も掲載。
古代日本の人物の絵は珍しいので新鮮でした。


★彡「Mangaマンガ」展レポート(4ページ)


大英博物館で開催中の大規模な「Mangaマンガ」展には萩尾先生の原画も展示されています。
ゲストとして招かれた先生が、さまざまなイベントに出席された様子をレポートした記事。


写真が沢山あってわかりやすいです。
現在発売中の『flowers』8月号(小学館)に先生の「大英博物館マンガ展 探訪記」が掲載されているので、併せて読むと更に楽しめそうです。


★彡★彡★彡

 

他にも先生が語る「忘れがたき編集者(山本順也氏)との出会い」、年表、小野不由美さんの特別寄稿、海外版も含めた美しい装丁の書籍の紹介と盛り沢山。
全体として美しく読みやすく充実した特集でした。
特集以外のページは当然ながらほとんどが専門的な美術の記事です。
萩尾漫画は、もはやアートなんですね。

 

芸術新潮 2019年 07月号

芸術新潮 2019年 07月号