亜樹の萩尾望都作品感想ブログ

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(17)「春の夢」あれこれ~①驚きのニューワールド

「春の夢」の連載が終わり、単行本が発売されました。
単行本は装丁が美しく、すべての扉絵と掲載誌の表紙絵が収められ、萩尾先生のコメントも付いていて、すでに連載を読んでいても胸が高鳴ります。

ポーの一族 ~春の夢~ (フラワーコミックススペシャル) 

 
特にコメントの次の言葉を読んだ時、私は喜びでいっぱいになりました。


「でも心の中にずっといてくれました。エドガーもアランも。」


ファンの心の中と同じように、先生の心の中にも40年間ずっと2人がいたのですね!
いえ、エドガーはいるだろうな、と思っていたのです。
だって先生にとって特別なキャラクターだから。
だけどエドガーだけでなくアランもいてくれた!
それが私にはたまらなく嬉しかったのでした。


思えば漫画雑誌を買うこと自体が本当に久しぶりでした。
発売日にいそいそと書店に足を運び、ワクワクしながら好きな作品のページを繰り、感想を語り合いつつ次号を楽しみに待つ――こんな幸せ、もうすっかり忘れていました。
再び味わわせてくれた萩尾先生に心から感謝しています。


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連載の初回を読んだ時は一体どんな作品になるのか、まるで見当がつきませんでした。
ただただポーシリーズが復活したこと、エドガーとアランにまた会えたことだけに興奮していました。
それが2話からは想像を超える展開と驚きの新事実の連続!


ポーはイングランドのヨークシャー地方の一族で、発祥の地はエトルリア
バンパネラ”とはポーの一族だけの呼称。
大老ポーは村の統治をクロエに任せて老ハンナとともに人間界へ。
村にいるポーのほとんどは大半の時間を眠って過ごしている。
村では人間の若者を毎年1人ずつ連れてきて飼育している。
若者の生気を吸うと若返る。
ポー同士で相手に気を与えるだけでなく、相手の気を奪うこともできる。
エドガーはクロエと契約を交わしていた。
アランは一族に承認されていない。眠りの時季がある。
ヴァンピール(吸血鬼)界には他にもいろいろな一族がいて、永く生きるために協力しあっている。
大老ポーはイギリスを統轄している(全土かどうかは不明)。
ファルカのように空間を移動する能力を持つ者もいる…。


まさに息つく間もなく、毎回「ええっ、そうなの!?」とびっくりしてばかり。
そして次第に先生が単に過去の作品の間を埋めるのではなく、誰も見たことのない新しいポーの世界に読者を連れて行こうとしているのだとわかってきて、ますます興奮が高まっていきました。
どんどん広がっていくその世界に浸り、先生の筆の赴くままにたゆたう感覚は何とも心地よいものでした。
もちろん過去作とは絵が違います。言葉遣いも表現も違います。
でも根幹は揺らいでいないし、新旧2つの世界は確かに繋がっている。
そう確信できたから、安心して今のポーを楽しむことができたのです。


特に最終話は圧巻でした。
とても1回では終わらないと思われるほど広がっていた話が見事にまとまり、しかも切ない余韻まで醸し出して。
エドガーにとってはメリーベルや男爵夫妻と過ごした日々も、もはや遠い春の夢。
そしてエドガーもブランカも、さらにクロエも、永遠に春の夢を見ている…。
心にしみるラストでした。


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先生は新しい面を見せる一方で、昔の作品で描き足りなかったところを補足してくださっている気がしました。
一族の起源や村の実態が明かされたこともそうですし、男爵夫妻がエドガーとメリーベルに実の親のような愛情を注いでいたことや、エドガーが「ピカデリー7時」の後で村に帰ろうとしなかった理由がよくわかりました。
スコッティ村の人間のそばで暮らしていた老ハンナは、もしかしたら人間に戻りたかったのかなと思います。


また、現代ならではの視点も盛り込まれているのを感じました。
ファルカは人間時代に戦に負けて家族を殺され、ヴァンピールになって復讐したものの何百年たっても気持ちは治まっていません。
そして大老ポーとエドガーはこんな会話を交わしています。


「人間たちは短い命なのに
戦争などしてさらに命を失っているが
我々は決してそんなことはしない」

「人間は…短い命だから
命が惜しくないのかもしれない」


いくら復讐したところで憎しみは消えない。
憎しみは憎しみしか生まないのにそれを断ち切るのはとても困難で、この世から戦争がなくなることはない――。
この作品は第2次世界大戦下のイギリスが舞台ですが、今の世界を覆う憎しみの連鎖と、それを止められない人間の愚かさが重ねられているような気がします。


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さて、来春からの新シリーズは、どんな物語になるのでしょうか。
気になることは沢山あります。


エドガーの言う「後見人」とは誰なのか。ポーの村の者? それとも人間界にいる仲間?
クロエはエドガーたちにどう絡んでくるのか?
クロエがレイラインの研究者を殺したことが呼び水になって、人間とヴァンピールの間で何かが起こる?
ヴァンピール界の中でも波乱が?
ブランカは(直接にではないけれど)自分をヴァンピールにしたエドガーをどう思っているの?
夢が夢でなかったとアダムが悟るのはいつ?
ノア絶対音感はこの先のストーリーに関係してくるのか?
ノアが(アダムも?)ロビン・カーと同じ時期にリヴァプールに住んでいるのは偶然?


ファルカは魅力的なキャラクターなのでこれからも活躍してほしいし、大老ポーにも大事な場面で登場して頂きたい。
そしてできればノアやアダムがロビンに会うとか、ロビンを迎えに来たエドガーとアランに会うとかするといいな。
クエントン卿も出てきてくれないかな。


期待が膨らみますが、普通のレベルの想像など軽々と超える物語になることでしょう。
今から待ち遠しいです。


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このように私にとっての「春の夢」は、驚きに満ちたとても面白い作品でした。
けれども一番嬉しかったことは、実は他にあるのです。
それはエドガーとアランの心情が丁寧に描かれていたことでした。
そのあたりを次の「②ふたりの距離感」で詳しく書いてみたいと思います。


(初投稿日:2017. 8. 4)