亜樹の萩尾望都作品感想ブログ

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(36)ユニコーンを待ちながら

いよいよ『flowers』2018年7月号から「ポーの一族」の新シリーズがスタートします。
先日発売された6月号に予告が載りました。
以来、私の周囲のファンは騒然としております。
だって、これですよ。これ!

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ポーの一族ユニコーン
連作形式でつむがれる、新たなる『ポーの一族』の世界。
2016年春、ファルカはミュンヘンで久しぶりに会うエドガーを待っていた――」


次の作品のタイトルは「ユニコーン」なのですね。
アオリは気になる言葉だらけです。


「連作形式」ということは、旧作のように作品ごとに時代や場所が異なる短編・中編からなるシリーズなのでしょう。
そしてシリーズ全体を通して1つの大きな物語が生まれるのでしょうか。
「新たなる『ポーの一族』の世界」と謳われているので「春の夢」より更に世界が広がりそうな予感がします。


一番の驚きは何と言っても「2016年春」ですよ。2016年春!
旧作の最終エピソード「エディス」が発表時と同じ1976年の話だったので、私は何となく、その後の話が描かれる可能性は低いのではないかと思っていたのです。
それが一気に現代に!
2016年といえば「春の夢」で40年ぶりにポーシリーズが再開された年ですが、萩尾先生の視点と重なる部分があるのでしょうか。
それとも社会的事件と関係が?

 

ミュンヘン」も気になりますね。
なぜドイツ? ブランカの故国だから?
ドイツと聞くと私はつい「小鳥の巣」を連想してしまうのですが、ひょっとしてキリアンやテオやルイスが登場したりするのか。
もしキリアンのその後が描かれていたら嬉しいですけど、どうでしょうね。


ファルカはなぜエドガーを待っているのでしょう。
ブランカは一緒ではないのでしょうか。
一緒でないならブランカに何かあったのか?


そしてタイトルの「ユニコーン」。
これにはどんな意味が込められているのでしょうか。
萩尾先生はユニコーンがお好きですよね。
ポーシリーズでは「ペニー・レイン」の中に「戦ったのはユニコーンとライオン」「ドラゴンよ ペガサスよ ユニコーンよ フォーンよ イカロスよ」というフレーズがあり、「はるかな国の花や小鳥」でエルゼリがエドガーを「わたしの青い目のユニコーン」と呼んでいます。


それより前の1974年にはファンタジックなSF作品「ユニコーンの夢」も発表されました。
その中でユニコーンは「幸福と戦いの白い神」「青い目の神がみ 柔らかい毛の神がみ」と言われています。
また「未来の夢を見るという」「春のユニコーンは少女に恋をするともいう けっして人にはなれないこの獣が少女だけの手にはやわらかく角をおしつける」のです。


エドガーは青い目と柔らかそうな巻き毛の持ち主。
じゃあユニコーンエドガー?
春のミュンヘンで少女に恋をする?
カラー予告のバラは恋の相手に渡す花束?
いやいや、違うだろうとは思いつつ妄想は膨らみます。
「1ページ劇場――ポーの伝説によせて――」の作品化されなかった一節「明るい五月に少女は 青い目の少年に プロポーズしました」を思い出しましたが、まさかこれとは関係ないでしょうねえ。


(「1ページ劇場」については別に記事を書いております。ご興味のある方はどうぞ。)

(19)「1ページ劇場――ポーの伝説によせて――」 - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記


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モノクロ予告の絵も気になる要素がいっぱいです。
まず全体的に「春の夢」最終話の扉絵 ↓ とよく似ていますよね。

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小学館『flowers』2017年7月号より)

 

特にエドガーは左手に持っている砂時計がバラに変わった以外は、ほぼ同じ。
それも違うのはベストの柄と靴のデザイン位で、右手に下げたトランクに至っては全く同じです。
ここまで似ているのには何か理由があるのではないかと思うのですが、それは何なのでしょう?
「春の夢」の旅の続きだということを表しているのでしょうか。
それならクロエやクロエが殺した研究者やルチオの一族が絡んでくるのでしょうか。


更に気になるのがアランです。
「春の夢」より可愛くなっていて嬉しいのですが、とても悲しそうな表情ですよね。
そもそも「この世ならぬ存在」のバンパネラにこの言い方は変ですが、まるで「この世のものではない」雰囲気ではありませんか。
しかもエドガーと2人揃って黒いスーツ姿で、何だか喪服みたいです。


アランは1976年に炎とともに消えてしまったので2016年には存在しません。
だから「ユニコーン」ではエドガーの思い出の中に登場するのだろうな、と思います。
でもそれってアランファンにとっては、せっかく「春の夢」で再会できて喜んでいたのに「消えてしまった」という事実を改めて突き付けられる、言うなればアランが2度死ぬのを目撃するようなもので、すごく残酷なんですよ。
想像するだけで今から辛い…。
はっ もしかして喪服って、そういうことですか?
だからエドガーの服は上の方だけ黒くないんですか?
エドガーが持っているバラって、アランへの献花ですか?
そうなんですか!? 萩尾先生~~~!!


すみません、つい取り乱しました。
一方でアオリの「新たなる『ポーの一族』の世界」とはどんな世界だろうと考えると、もしや消えたはずのアランに何かが?とも思ってしまいます。
実はエドガーがファルカ直伝の壁抜けの術で炎の中からアランを救っていたとか。
ファルカかファルカの仲間が空間だけでなく時間も移動できて、エドガーと一緒に過去のアランに会いに行くとか、そのまま現代に連れて帰ってくるとか。
こうなるともう完全にSFですが、この際アランに会えるなら何でもいい。
それに「春の夢」を読む限り、新しいポーシリーズに「ありえない」という言葉は存在しないような?


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ところで2016年のエドガーって、どんな感じなのでしょうね。
彼らは時代にうまく適応して生きているから現代社会にちゃんと溶け込んでいそうです。
もしエドガーがスマホを使いこなしていたとしても私は全く違和感がありません。
むしろ似合いそうだったりして。
でも「エディス」にもラジオは出てきてもテレビは出てこなかったので、パソコンやスマホが描かれることはないのかも。
現代は至る所にカメラや鏡があるし、バンパネラは常に気を張っていなければならなくて大変でしょうね。

 

予告だけで妄想が止まらない私。
でも萩尾先生は私ごときの想像など、はるかに超えてしまわれるでしょう。
何があっても驚かないぞという心の準備をしてユニコーンの訪れを待つことにいたします。
アランのために悲しい涙を流さなくてすみますようにと願いつつ。