亜樹の 萩尾望都作品 感想日記

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(75)梅田芸術劇場版「ポーの一族」を観てきました~宝塚版との違いを中心に

2018年に宝塚で上演された「ポーの一族」が先ごろ外部で再演されました。


主役のエドガーを演じられたのは、宝塚版でもエドガーを演じて絶賛され、その後退団された明日海りおさん。
公演は3都市を回るスケジュールでした。


1月11日~1月26日 大阪 梅田芸術劇場
2月  3日~2月17日 東京 東京国際フォーラム
2月23日~2月28日 名古屋 御園座


企画・制作は梅田芸術劇場(以下、梅芸)。
主催は大阪と東京が梅芸で、名古屋が御園座中日新聞社です。

 

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(上/プログラム表紙 下/同扉)

 


私は東京で1回観劇し、大阪と名古屋のライブ配信を1回ずつ視聴しました。
この記事では私が観た範囲でわかった宝塚版との違いを、感想を交えながら書いてみたいと思います。
もっと何度もご覧になった方も多いと思いますので、間違いにお気づきになりましたらご指摘頂けますと幸いです。


なお個々の俳優さんの演技につきましては、このブログが萩尾漫画の感想ブログであることと、舞台は生もので日々変わることから言及を控えています。


全体的なこと


男女混成キャスト


宝塚版と今回の梅芸版の一番大きな違いは、何と言っても女性だけだった出演者が男女混成になったことでしょう。
主演の明日海さんと幼いエドガー役の田中なずなさん以外は、男性の役は男優さんが、女性の役は女優さんが演じています。


原作は少女漫画ですから100%ファンタジー
宝塚も女性が演じるので男性役が非現実であるのはもちろん、女性役も男役に合わせた虚構の世界。
原作と同じファンタジーです。


梅芸版は男優さんが演じることによって男性役はリアルな男性に、女性役も現実味のある女性になりました。
また、ダンサーが男性に変わってダンス場面がよりダイナミックになり、歌にも男性の声が入って作品全体に力強さと厚みが出た印象を受けました。


キャストの人数


出演者の数は79人から半分以下の35人に減りました。
宝塚では役を増やすためにマーゴットの妹弟や2人の霊能者を創作していましたが、それらの役はなくなっています。


と言っても、宝塚も全員が舞台上に並ぶのはフィナーレの最後だけですし、梅芸版に人数の少なさは特に感じませんでした。
ただ、クリフォードとジェインの婚約披露パーティーなど華やかな場面は少し寂しかったです。


セットなど


宝塚の専用劇場には銀橋(ぎんきょう)と呼ばれる独特の舞台があります。
これはオーケストラピットと客席の間にある通路で、客席に向かって弧を描くように張り出しているので観客と距離が近く、ここで演じるとインパクトがあります。


今回は銀橋がありませんが、セットに階段が多用されていてとても効果的でした。
この作品は「ミュージカル・ゴシック」と銘打たれているのですが、ゴシック式のセットが重厚で全体的に色も照明も暗めになっていて、宝塚よりゴシック的な雰囲気が色濃く感じられました。


第1章


序章


マルグリットとルイスが、ドン・マーシャルとバイク・ブラウン4世(原作にない人物)に会う場面。
原作ではドンがマルグリットを見て「美人だ!」と喜びます。


宝塚版もそうだったのですが、今回はそれがバイク4世になっていました。
ドンとマルグリットは後に結婚するのでドンのセリフのままの方が良かったな~と思うのですが、どうしてでしょうね?


プロローグ


全体の流れは同じですが、振りが変わり、大老ポーと老ハンナもソロで歌うようになりました。
振りの変更は他の場面でも行われています。


大老ポー役の福井晶一さんと老ハンナ役の涼風真世さんはそれぞれオルコット大佐とブラヴァツキーの2役を演じ、常に一緒に出ておられました。
お2人は歌う場面が多く、迫力満点でした。


スコッティ村近くの森


エドガーとメリーベルが森で老ハンナに拾われる場面。
宝塚版の老ハンナは毅然としながらも優しい印象でしたが、梅芸版はこの後の場面でも不気味さを前面に出していました。
エドガーから見たおばあちゃま」と「人間から見たバンパネラ」という視点の違いなのかな、と思います。


婚約式


シーラを一族に加える儀式の場面。
大老ポーは宝塚では棺の蓋が開いて登場していましたが、今回は階段の上に扉があり、そこからの登場でした。
また、元はセリフだったところが一部歌になり、たっぷり聴かせてくれました。


一族と村人の対決


老ハンナがビルに杭を打ち込まれて消滅し、村人達が館に押し寄せてくる場面。
ここは宝塚版では盆が回って一族と村人達が交差するスペクタクルな見せ場だったのですが、今回は盆が回らず残念でした。


ここでも大老ポーのセリフが歌になっていました。
大老ポーと老ハンナの消え方は梅芸版の方が良かったです。


馬車


エドガーが馬車の中で変化から目覚める場面。
シチュエーションは違いますが、ここに原作の会話が挿入されました!


エドガー「あなたは自分を呪わないの シーラ」

シーラ「なぜ?」

エドガー「…なぜ?」

シーラ「なぜ?」


私は原作のこの場面がとても好きで、宝塚版にないのを残念に思っていたので嬉しいです。

 

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(2007年 小学館萩尾望都パーフェクトセレクション6 ポーの一族Ⅰ』所収「メリーベルと銀のばら」より。以下同)

 


コヴェントガーデン


ロンドンの市場で人々が賑やかに歌い踊る場面。
大道芸人達の芸が大技になりました。
宝塚版のバトンも楽しかったですけどね。


そこへ、ふらふらと現れるエドガー。
ここにも原作のセリフが歌として挿入されました。


「血がほしい…
生命(いのち)の かて…
あの色はどうだ…
ぞくっとする…」

 

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この後、エドガーは「ぼくは狂っている…」と歌い、男性のダンサー達がエドガーの内面を表現します。
ダンサーは衣装が黒衣に変わり仮面をつけ、跳躍力が素晴らしくて、エドガーの葛藤がより強く迫ってきました。


その後のメリーベル


アート男爵家の養女になったメリーベルと、オズワルド、ユーシスとのいきさつが語られる場面。
ここは宝塚では時間の制約から簡単な説明だけで終わってしまっていたのですが、梅芸はフィナーレがない分だけ時間を取れるので膨らませてあり、とても良かったです。


リーベルとオズワルド、メリーベルとユーシス、ユーシスと母の短いダンス。
ユーシスの母がナイフを持ち出し、そのナイフでユーシスは自殺。
原作とは違いますが納得できる流れでした。


そしてメリーベルの歌も新しく作られました。


「もう誰も水車を作ってはくれない
あの遠い夏の日
バラの谷の小川の陰で水車が回る
エドガー どこにいるの
どんな姿だとしても
どこにいても すぐわかる
エドガー どこにいるの
たった1人の きょうだい
生きているなら会いたい」


歌詞は原作のこのあたりから採られたのでしょうね。

 

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ホテル・ブラックプール


1879年、ホテルに霊能者一行、ポーツネル一家、トワイライト一家が次々と登場します。


2幕のクリフォードとジェインの婚約披露パーティーと並ぶ華やかな場面なのですが、どちらも照明が薄暗くセットに色味も少ないので、もう少し明るくてもいいのにな、と思いました。


もっとも、ゴシック小説風の雰囲気を出すための演出なのでしょうけど。


エドガーとアランの出会い


ここは演出が変わっていて、今回の方が良かったです。


宝塚版ではエドガーが下手から、アランが上手から歩いて来て鉢合わせしていましたが、梅芸版ではエドガーが階段の上から、アランが下から歩いて来て中ほどで鉢合わせ。


その後の会話も階段上で続き、アランが少し上の段にいることで相手を見下している感じが出て、とても効果的だったと思います。


セント・ウィンザー


セント・ウィンザーに転校してきたエドガーが、アランのご機嫌取りの少年達と喧嘩になります。


この作品には他にもギムナジウムの生徒やエドガーをからかう村の子どもが登場するのですが、年齢をぼかしているとはいえ大人の男性が少年を演じるのは正直ちょっと厳しいな~と思いました。


頭の中で「少年、少年」とイメージしながら観るのでビジュアルは何とかOKなのですが、声がどうしても大人なんですよね。
配信だとアップになるので喉仏までしっかり見えてしまうし。
と言って実際に少年が演じるとかえって変な気がするし、しょうがないんでしょうね。


クリフォードの診療所


場面の最後にシーラがクリフォードに「先生、改めてお礼に参りますわ」と言って立ち去った後に、アランとクリフォードの説明ゼリフが加わりました。


アラン「ぼくも先生が母の往診でいらっしゃるのをお待ちしていますよ」

クリフォード「ああ、来週の水曜日だ」


1幕ラスト


キャスト総出演で歌い上げる最も高揚感にあふれる場面。
ここでは盆が回りました!


しかもエドガーの記憶の中の人々が、乳母、レダ、村の子ども達、シーラの儀式に集まった一族、バラを差し出すディリー…と走馬灯のように現れては消え、過ぎ去った長い年月を思わせてとても良かったです。


ただ、宝塚では最後にエドガーが銀橋で1人で決めポーズをして終わるのが鮮烈な印象を残したのですが、今回は階段の中央に立っているだけなので、何かポーズがあればもっと良かったかな、という気はしました。
まあ、宝塚版を観ていなければ感じないでしょうけど。


それと、アランファンとしてすごく個人的な感想を言ってもいいですか?


宝塚版には、この大ナンバーの中でアランが片手を上げたまま、その場で1回転する振りがあったんです。
たったそれだけの振りの中にアランの孤独・不安・何かにすがりたい気持ちがギュッと凝縮されているように見えて、私は「ああ、アランだ!」と心が震えたんですが…。
今回はそれがなくて残念でした。


第2章


アランとメリーベルの出会い


エドガーと一緒にいたメリーベルにアランが初めて会う場面で、セリフが追加されました。


アラン「(メリーベルに)ブラックプールにきみほど純粋な子はいないよ。青い瞳が永遠を見ているようだ」

エドガー「ポーツネル家の特徴だよ。似てるだろう?」


宝塚版にこのセリフはありませんでしたが、メリーベル役の華優希さんは青いコンタクトをつけておられました。


で、疑問なのですが…
リーベルの瞳の色って青いんですか?


そもそも原作ではメリーベルの瞳が何色かという話はどこにも出てこないんですよね。


このブログの「ポーの一族」イラスト集にもカラーイラストを多数掲載させて頂いておりますが、瞳の色はほとんどが緑で、青とブラウンがちらほら。
だから私はずっと緑だと思っていたんです。


でも舞台化にあたって小池修一郎さんはエドガーの髪の色を萩尾先生にお聞きしたそうなので、きっとメリーベルの瞳の色についても了承を得ているはず。
萩尾先生がOKなら私もこれからは青もアリだと思うことにします。


セント・ウィンザーの塔


エドガーがアランを襲う場面で、その前の会話にセリフが追加されました。
正確ではないかもしれませんのでニュアンスとしてお読みください。
黒文字は元からあるセリフです。


アラン「もっと彼女のことを知りたい。もっとメリーベルに会いたい

エドガー「兄の許可がいる」


アランとメリーベルの出会いの場面に続いての追加で、アランがメリーベルにプロポーズするのが唐突すぎる印象を与えないようにとの配慮でしょうか。


降霊会


ブラヴァツキーが大老ポーの霊を呼び出した降霊会。


宝塚版にいたメイヤーとイゾルデという霊能者の役がなくなり、代わりにシーラ、ジェイン、カスター先生、ホテルの支配人・アボットが一緒に手をつないでいました。


また、大老ポーの霊を呼び出した後でオルコットがブラヴァツキーに「わしの髭とどっちが長かった?」と聞くのですが、その後にセリフが追加されていました。

 

ブラヴァツキー「あっちの方」

オルコット「あっちか。クソッ」


アランの家


アランの母が心臓発作を起こし、カスター先生とクリフォードが診察に来ている場面。


宝塚ではアランは手ぶらで現れますが、今回は「お母様の好きな白いバラ…」と花束を持ってきて執事に渡していました。
しかも執事に名前が付きました!
私は「バレット」と聞こえたのですが、合っていますかね?


それからマーゴットがアランに言う「キャーハハ! バカね!」という原作のセリフは、なくなりました。


ブラヴァツキーとオルコット


シーラがクリフォードを一族に加えるためホテルを出た後に、ブラヴァツキーとオルコットがホテルをチェックアウトする場面が追加されました。


この後の男爵夫妻が消える場面で福井さんと涼風さんが大老ポーと老ハンナとして再登場するので、ブラヴァツキーとオルコットとしては出られないからでしょうね。


ブラヴァツキーはバイクに「(男爵夫妻を撃つことになる)あの銃は持っている? 肌身離さずにね」と言っていました。


アランの家


アランが母レイチェルと伯父ハロルドの関係を知り、ハロルドを階段から突き落とす場面。


ハロルドとレイチェルが歩きながらベッドに移動する形に変わり、セリフも少し増えました。
ハロルドは抱き合った時にレイチェルから見えないところでは笑っていなくて、打算だとはっきりわかるようになっていました。


そしてアランが白バラの花束を抱えて階段を下りてきて2人に気づき、花を床に叩きつける。
これ、宝塚では本だったのが花に変わりました。
母の好きな白バラを持って来たんですね。優しい子だ。


取り繕うハロルドに向かってアランが「大方この汚い手でお母様をたぶらかしたに違いない!」と言うと、宝塚では伯母のセリフが「アラン!」でしたが、今回は「何ですって!」。
たった一言の変更ですが意味合いが変わって緊迫感が高まり、とても効いていると思いました。


で、ハロルドが階段落ちして、ここからですよ。
レイチェルが「アラン…取り返しのつかない事を…」と言い放って去るのは宝塚版から変わらないのですが、梅芸版ではバラの花束を一度拾ってまた捨てるという容赦のなさ!


私は宝塚版を観た時にレイチェルの冷たさがショックだったんですよね。
それが更に増し増しに…。


1幕で「父親に似てきた 信用できない」と憎々しげに言って(歌って)いるところを見ると、亡くなった夫との仲は冷え切っていたんでしょうか。
原作では「お父さん そっくりになって…」と愛おしそうに言いながらアランの頬をなでる優しいお母さんなのに。


アランを絶望の淵に叩き落とすための演出だとわかってはいるんですけど、「何もそこまで」ってどうしても思っちゃいます。


時の輪


エドガーがアランを仲間に加え、2人で永遠の旅に出る場面。
梅芸版ではスクリーンに、バラ、風、城、舞う花びらなどの絵が映し出されて、とても素敵でした。
あれは萩尾先生の絵なのでしょうか?


・◆・◆


以上、宝塚版と梅芸版の違いについてのレポートでした。
それぞれに良さがありますので、どちらが好きかは観る人次第かなと思います。


名古屋の配信の日は大千秋楽で、カーテンコールで小池さんと萩尾先生も挨拶されました。


萩尾先生はマスク越しにもわかるほど嬉しそう!
先生、舞台をご覧になるたびにエナジーチャージされているのではないでしょうか。
この春に連載の再開が予定されている「秘密の花園」も張り切って描いてくださりそうです。


お2人と出演者の方々の笑顔を見ながら、コロナ禍の中で1公演も落とさずに完走させた関係者の皆様のご尽力に思いを致すとともに、この作品はいつかまた再演されるだろうなと予感しました。


・◆・◆


過去に宝塚版の感想も書いています。もしよろしければご参考までにどうぞ。


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