今回は久しぶりに「ポーの一族」旧シリーズの話です。
実は私、ずっとわからないことがありまして。
それは「エディス」のラスト近く、アランがエディスを仲間に入れようとして時計の中に隠し、エドガーを呼びに家に戻った場面でのこと。
エドガーは元々アランがエディスを好きになっていくことを快く思っておらず、2人は口論になります。
前置きが長くなってしまうのですが、その部分を引用させて頂きます。
青い文字がエドガー、緑の文字がアランのセリフです。
「エディスに なにかしたのか?」
「…気絶させただけ…仲間に…」
「アラン!!」
「ぼくはエディスが好きだ――
エディスも――」
「きみはエディスなんか好きじゃないんだ!!」
「好きなんだ!」
「うそをつけ!」
「エドガー!」
「どこに彼女をおいてきた!」
「だって ぼくが呼んだのに――
ふりむかないんだもの あの子は
だから…だから…」
「だから?
きみ幸福にできるのかエディスを?
ロジャーやヘンリーや学校から引きはなしても
それ以上に?」
(『萩尾望都パーフェクトセレクション7 ポーの一族Ⅱ』2007年 小学館より。以下同)
エドガーは更に続けます。
「好きなら好きなほど
愛してれば愛してるほど
きみは後悔するんだ
幸福にしてやれない もどかしさに!」
この言葉を聞いてアランの脳裏にメリーベルの姿が浮かびます。
そしてハッと気づくのです。
「ぼくはエドガーにとって
メリーベルの みがわりで…
エディスは ぼくにとって…」
この言葉の続きは何か?
エディスはアランにとって誰の身代わりなのか?
私がずっとわからないのは、これなのです。
いえ、正確に言えば確証が持てずにいるんです。
・・・*・・・★・・・*・・・
この答えをネットなどで何度か見かけたことがあります。
それはすべて「エドガーの身代わり」でした。
「アランはエドガーに自分のことだけを考えていてほしいのに、エドガーの心の中にはメリーベルが棲んでいる。だからエドガーの代わりにエディスの愛を欲しがった」
私が今までに見た答えは大体こういったものでした。
「アランは最後まで『エドガーは自分のことだけを見てくれない。自分はエドガーに愛されていない』と思ったまま炎の中に消えた」と書かれているものも、いくつかありました。
逆に「エドガーの愛を確信したので更にエディスの愛を欲しがった」という解釈もありました。
もし皆様の答えが「エドガーの身代わり」で一致しているなら、そうなのかもしれません。
でも考えれば考えるほど私は違う気がするんですよね。
だったら誰なんだ?というと、
「エディスはアランにとってシャーロッテの身代わり」
ではないでしょうか。
・・・*・・・★・・・*・・・
シャーロッテは「ランプトンは語る」に登場しました。
エディスの10歳上の姉で1966年当時14歳。
オービンがクエントン館で開いた「バンパネラ狩り」の集会に招待されていました。
しかしエドガーの放火によって火災が発生。
シャーロッテはランプトンの絵を持ち出そうとして逃げ遅れ、助けようとしたアランの目の前で亡くなりました。
それから10年後。
「エディス」でエドガーとアランは運命的にエディスと出逢います。
エディスがシャーロッテの妹と知ってアランは激しく動揺しました。
私はアランがこの10年間、シャーロッテを忘れたことはなかっただろうと思います。
きっと思い出すたびに「救えなかった」「殺してしまった」という罪悪感にさいなまれたことでしょう。
エドガーの放火を止められなかった自責の念もあったのではないでしょうか。
アランはエディスに尋ねます。
「…きみ幸せ?」
そして「どうして? 幸せよ」と屈託なく答えるエディスの笑顔を見て安心するのです。
エディスが幸せなふうだと自分も幸せな気持ちになる。
その気持ちを恋だと思う。
けれど、そんなアランの様子をエドガーは冷静に見ていました。
「それは まちがいだよ
きみはシャーロッテを助けられなかった
そのハンデを うめたいだけだよ」
「うそだ! ちがうよ」
「彼女が不幸だと きみも不幸だ
きみは負い目でいっぱいだ
だからね 教えてあげるよ
きみはエディスに借りをかえしたいだけさ」
きみはシャーロッテを助けられず結果的に焼死させ、彼女の幸福を奪ってしまった。
だから妹であるエディスには姉さんの分まで幸せでいてもらいたいんだ。
妹が幸せなら、きみの罪悪感が軽くなるから。
きみは無意識にエディスとシャーロッテを同一視している。
エディスをシャーロッテの身代わりにしているんだよ――
エドガーは、そう言っている訳ですね。
これにはエドガー、アラン、メリーベルの関係も重なります。
エドガーはメリーベルを愛していたがゆえに幸福にしてやれないことがもどかしく、仲間に入れたことをずっと後悔していました。
人間でいる方が幸せだったのに、その幸福を奪ってしまった。
呪われた身にしてしまった。
そんな罪悪感からメリーベルに持てるだけの愛情を注いでいました。
その妹を失った時(やはり助けが間に合わなくて)、エドガーは空っぽになった心を埋めるようにアランを仲間にしました。
アランをメリーベルの身代わりにして、無意識に2人を同一視していたのだと思います。
エドガーは孤独と喪失感を埋めるためにアランをメリーベルの身代わりにした。
アランは罪悪感を埋めるためにエディスをシャーロッテの身代わりにした。
私にはこう思えて仕方ありません。
だからアランのモノローグを最後まで続けると
「ぼくはエドガーにとって
メリーベルの みがわりで…
エディスは ぼくにとって
シャーロッテの みがわり…」
ではないかと思うんです。
それに、もしエディスがエドガーの身代わりだとすると、エドガーとはいつも一緒にいるのに、その心を独占できないからと言って人間を代わりに求めるかな?という疑問もあるんですよね。
エディスがアランを好きだとしても常にアランのことばかり見て愛してくれるわけではないと、アラン自身もわかっていたでしょうから。
ただ、アランのエディスに向かう気持ちが100%シャーロッテと重なるものだったかというと、そうでもない気がするんですよ。
もちろん始めに近づいたのはエドガーに似ていたしシャーロッテの妹だったからですが、知り合ううちにエディスの持つ明るさ、素直さ、優しさといった魅力に惹かれた面もあると思います。
自分のために初めてクッキーを焼いてくれたら、そりゃ嬉しいですよね。
ところでエドガーのこの言葉、
「好きなら好きなほど
愛してれば愛してるほど
きみは後悔するんだ
幸福にしてやれない もどかしさに!」
これはエドガーのメリーベルに対する想いのすべてだったような気がします。
エディスが兄達の逮捕で悲しみに沈んでいた時、アランは何も助けになれないことがもどかしく、自分が永遠にそばにいて愛する方がエディスにとって幸せではないかと考えます。
それはエディスのためというより、自分がエディスに恋していた(と思っていた)からでしょう。
けれどメリーベルを愛すれば愛するほど後悔が募ったエドガーは、人間でいる方が幸せだとよくわかっていたんですね。
・・・*・・・★・・・*・・・
はじめに書いたように、私はネットなどで「アランは『エドガーが自分のことだけを見てくれない、自分はエドガーに愛されていない』と思ったまま消滅した」という解釈を何度か目にしたことがあります。
これについても私は、本当にそうなのかな?違うんじゃないかな?という気がしています。
まあ、気がするだけで、はっきりとはわからないんですけどね。
あえて理由を挙げるとすれば「そんなふうに見えないから」です。
このブログの最初にエドガーとアランの互いの気持ちについて自分なりの推測を綴ったのですが、そこに書いたことをもう一度書いてみます。
1959年の「小鳥の巣」で、アランは「ぼくのことだけ考えてくれなけりゃいやだ!」と思いのたけをぶつけました。
「エディス」は1976年の話で、間に入るのは1966年の「ランプトンは語る」だけですが、そこに2人の関係性を示す描写はありません。
一緒にしていいのかわかりませんが、新シリーズの「ユニコーンVol. 4 カタコンベ」は1963年の話で、この作品でエドガーは最後にチラッと出てくるだけです。
なので「小鳥の巣」から「エディス」までの間のアランの心の動きはわからないのですが、「エディス」のアランは「小鳥の巣」の時と違ってわがままで甘えた感じがなく、のびのびとして健康的な、ごく普通の少年に見えます。
例えば、それまでアランが1人で楽しそうに行動しているのは「一週間」や「カタコンベ」などでエドガーが一緒にいられない時がほとんどでしたが、「エディス」ではもっと自由に単独行動しています。
また、エドガーとカフェで待ち合わせをしていた時に「エド」と声をかけていますが、「エドガー」でなく「エド」と呼んだのは今のところこの時だけで、2人の関係が少し変化したのかな?と思わせます。
更にエドガーがエディスの存在を知りながらロンドンを発とうとすると、「……じゃ…きみ やいてるんだ!」と言ったりして、心の余裕さえ感じるんですよね。
この頃のアランは自分がメリーベルの身代わりだということに、わだかまりがなくなっていたような気がします。
そしてエドガーが自分を大切に思ってくれていると心から信じられたのではないでしょうか。
・・・*・・・★・・・*・・・
ここに書いたことはすべて私が感じたことに過ぎないので本当のところはわかりません。
間違っているかもしれません。
エディスはアランにとって誰の身代わりだったのか。
旧シリーズの最後の頃、2人は互いにどう思っていたのか。
萩尾先生も当時と今ではお考えが変わっているかもしれませんが、新シリーズの中で答えなりヒントなりを示してくださると嬉しいです。
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新シリーズといえば、4月28日頃発売の『flowers』6月号から「秘密の花園」の連載が再開されます!
しかもA5サイズのクリアファイル付き ♪
(小学館『flowers』2021年5月号より)
「エドガーの絵を描きながら
子供時代を懐かしむアーサー。
ある日アーサーの友人が訪れ、
過去の秘密が暴かれる――…!?」
新たな登場人物、新たな展開ですね。
連休前の素敵なプレゼント、楽しみです!
・・・*・・・★・・・*・・・
2人の気持ちについて過去に書いた記事です。もしご興味がありましたらどうぞ。
(1)から(5)までは続いています。
(1)アランは、わがまま? - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記
(2)エドガーの気持ち① - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記
(3)エドガーの気持ち② - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記
(4)エドガーの気持ち③ - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記
(18)「春の夢」あれこれ~②ふたりの距離感 - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記