『flowers』12月号に「秘密の花園」の後日譚「ポーの一族 満月の夜」が掲載されました。
その感想を書こうと思っていたのですが、とても短い作品なので次にフラワーコミックスの感想と一緒に書くことにして、萩尾先生の初期作品シリーズを続けたいと思います。
今回ご紹介するのは、夢に向かって頑張る女の子が主人公の2作品「爆発会社」と「ケーキ ケーキ ケーキ」です。
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「爆発会社」
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「爆発会社」は1970年の『別冊なかよし 虹色のマリ特集号』に掲載された32ページの作品です。
「ルルとミミ」「すてきな魔法」「クールキャット」に続く講談社での4作目で、『萩尾望都作品集』に収録されている作品の末尾には「1969年10月」と記されています。
お話は…
時は21世紀。宇宙時代。
ディビーは若いうちにスターになって世界を征服するのが夢。
ファッションモデル、CMガールとチャレンジするも、ことごとく爆発会社に邪魔されてうまくいきません。
爆発会社とは依頼を受けて何でも爆発させてしまう、世界中を騒がせている会社。
ただし、その爆弾は人体には作用しません。
ディビーは次に漫画家になろうと作品を持ち込んだ出版社で、またも爆発騒ぎに巻き込まれますが、爆発会社の正体をつかみます。
実は会社と言ってもジェイミーという青年が1人で請け負っていたのでした。
ジェイミーはディビーが目をキラキラさせながら夢を語る様子に惹かれてデートに誘いますが、2人は大ゲンカ。
そして思わぬ展開に!
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初期作品に多い、コメディータッチのテンポのよい作品です。
タイトルページはこちら。
(『萩尾望都作品集1 ビアンカ』1995年 小学館より。下も同)
1ページを使った扉絵ではなく、見開きで題字だけというのが面白いですよね。
コマのサイズも大きく取れるし、爆発予告で大騒ぎしている場面なのでタイトルと内容がマッチして効果的だなと思います。
この作品が描かれたのは69年ですが、舞台は21世紀。
そこで建物などの絵は近未来的です。
車が空を飛んでいて、テレビからニュースが印字されて出力されたり、会社の受付がAIだったり。
当時先生が想像されていた21世紀はこんな感じだったのかと面白いです。
そんな近未来の話なのに、女性の価値観が69年当時と同じなのも興味深い。
ディビーのママは言います。
「女の子は電子お料理学校へでもいって
すてきなお嫁さんになるのが
いちばんいいのよ」
ジェイミーも
「女の子は義務教育を終えたら
お料理か手芸かなんかの学校にいって
結婚しちゃうのが
このごろの流行だろう?」
最後の「このごろの流行」というところがミソですよね。
女性の社会進出がどんどん進み、1周回って専業主婦への憧れが強くなった時代なのかもしれません。
でもディビーは全く違います。
夢は大きく、決めたら一直線。
こっちがダメなら、あっちへ。
何があってもめげず、発想が柔軟で。
そんな風に「流行の女の子の型に はまっていない まったくめずらしい人間」だから、ジェイミーは好きになってしまうんです。
「ディビー ディビー
きみは最高だよ
くったくがなくて
すなおで明るくて
短気で ずうずうしくて」
この言葉で表されるディビーのキャラクターこそが、この作品の最大の魅力でしょう。
「女の子はこうあるべき」という世間の不自由さを軽々と超えていく姿には、先生ご自身の憧れが投影されていたんじゃないかと思います。
私が思わず笑ってしまうのは、ディビーが漫画を持ち込んだ出版社の編集者が一つ覚えのように「新人は個性が大切」と繰り返し、ディビーがブチ切れるところ。
もしかしたら先生も耳にタコができるくらい聞かされていたのかも。
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「ケーキ ケーキ ケーキ」
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「ケーキ ケーキ ケーキ」は『なかよし』1970年9月号と10月号の別冊付録として前後編に分けて発表されました。
付録なので本誌よりサイズが小さく、全258ページ。
珍しい原作物で、原作者は一ノ木アヤさんです。
私が持っているのは1冊にまとまった『萩尾望都作品集』で、「1970年5月」と記されています。
扉絵はこちら。
(『萩尾望都作品集3 ケーキ ケーキ ケーキ』1995年 小学館より)
お話は…
塩崎カナはお菓子がなければ生きていけないほど大好きな17歳。
3姉妹の末っ子で父は大学教授、母はフランス語がペラペラのインテリ。
カナが生まれた時、夫婦は3人を芸術家にしようと計画します。
長女に文学、次女に音楽、そしてカナには美術を学ばせようと。
いずれフランスに留学させるつもりで3人にフランス語も教え込みます。
姉達は両親の期待通りに才能を発揮しました。
でもカナは美術の才能もなければ勉強の成績もさんざん。
唯一の取り柄は人並外れた味覚でした。
ある日、カナは高級フランス菓子の店で、自分が美味しいと感激していたケーキの味に抗議するフランス人の青年に出会います。
青年はパリの菓子職人・アルベール。
本物のフランス菓子はこんな味ではない、これが本物だと思われてはたまらない。
そう言う彼に店のパティシエは、だったら今ここでお菓子を作ってみろと怒鳴ります。
喜んで楽しそうにお菓子を作るアルベール。
それはシュークリームと、彼の家に代々伝わるケーキ。
見た目が美しいだけでなく、それまでカナが食べてきたケーキとは一線を画す美味しさでした。
その夜、カナは決心しました。
パリに行ってアルベールに弟子入りし、一流の菓子職人になる!
父には頭ごなしに反対されたものの、姉2人のパリ留学が決まり、その食事係という名目でパリへ旅立ちます。
けれどパリにはお菓子屋が星の数ほどあり、アルベールという名前の職人も大勢いました。
カナは自分の舌だけを頼りに探し歩き、ついにアルベールのお菓子と同じ味の小さな店を見つけます。
喜びも束の間、カナは衝撃の事実を知ります。
アルベールは日本で交通事故に遭い、亡くなっていたのでした。
アルベールの父のルイは跡継ぎを失ってやる気をなくし、飲んだくれるばかり。
それでもカナはアルベールのような菓子職人になりたくて強引にルイに弟子入りし、修業を始めるのでした――。
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この作品にも「爆発会社」のようにヒロインが夢に向かって進む爽快感があります。
ルイは始めは日本人というだけでカナを追い返し、二度とお菓子を作らないと言っていました。
けれどカナは何度も衝突しながらルイを本気にさせていきます。
そしてアクシデントを乗り越えてコンクールで評価され、ルイと親子のように心を通わせるまでになるのです。
また、世間の価値観をひっくり返して自分の道を進むところも「爆発会社」と通じています。
カナが菓子職人になりたいと言った時、父は全く取り合いませんでした。
「パパは許しませんよ!
だいいち女の子の菓子職人なんて聞いたこともない」
「もっと女の子らしい仕事をえらびなさい」
「これが絵や彫刻の勉強ならパリに留学させてあげる
でも お菓子作りなんか勉強してどうするんだね!」
ルイも
「女は職人に むかないのさ」
「一流になるには この世界じゃ
かるく10年はかかるんだぞ
女になにができる!」
パリはどうだったか分かりませんが、実際70年頃の日本には女性のパティシエはほとんどいなかっただろうと思います。
でも、そこで諦めず自分の唯一の才能を信じて行動するカナ。
何かを好きだという情熱は周囲を変えていき、読んでいるこちらも応援してしまいます。
「爆発会社」と「ケーキ ケーキ ケーキ」の共通点をもう1つオマケに。
ディビーがCMガールのオーディションを受けた時の番号が133番。
カナがコンクールに出品した時の番号も133番。
この番号、先生にとって何か意味があったのでしょうか?
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一方、「爆発会社」がオリジナルの読み切りであるのに対して「ケーキ ケーキ ケーキ」は原作付きの長編なので、異なるところももちろんあります。
一番大きいと思うのは、「ケーキ ケーキ ケーキ」がヒロインの青春物語であり成長物語になっている点です。
何度もくじけそうになり時に涙を流しながらも壁を乗り越えていく姿は、長編だからこそ描けるものでしょう。
そして全体的な印象が当時の類型的な少女漫画である点。
ストーリーやテイストに萩尾先生の独自色はほとんど感じられません。
例えばクレマンという青年がルイの店を妨害する悪役として登場しますが、こういう役回りの人物はオリジナル作品にはあまり出てこない気がします。
(ちなみに私はクレマンをオスカーの原型だと勝手に思っています。)
「萩尾先生が『なかよし』の色に染まるとこういう作品になる」という視点で読んでみるのも一興かもしれないですね。
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ところで今年出版されて話題になった先生の著書『一度きりの大泉の話』(河出書房新社)に「ケーキ ケーキ ケーキ」にまつわるエピソードが書かれています。
(最初に書いたページ数は、この本に記載された情報に基づいています。)
それによるとパリのお菓子屋の様子がわからず困っていたところ、手塚治虫先生のアシスタントをなさっていた原田千代子先生のツテで、パリから帰国されて間もない手塚先生から直々に店内の様子を細かく聞かせて頂いたそうです。
また、「ケーキ ケーキ ケーキ」を描き終えた頃、講談社の担当編集者の方に小学館に移ろうと思っていることを話すと「あなたは、あまり『なかよし』に合わないと思うし、他にないかなあと考えていたんだよ、小学館は良いかもしれないね」と、すんなり了解して頂けたそうです。
その後の展開は、よく知られていますよね。
理解のある編集者の方で良かったなと思います。
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記事内の作品はこちらで読めます
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●「爆発会社」
●「ケーキ ケーキ ケーキ」
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