亜樹の 萩尾望都作品 感想日記

*ポー復活で舞い戻ってきたファンがゆっくり綴ります。ネタバレご了承ください

(21)ヨハンナスピリッツのパイの謎

トーマの心臓」にオスカーがエーリクを町に連れ出す場面があります。
カフェで注文したのは


「ヨハンナスピリッツのパイふたつ!」

 

f:id:mimosaflower:20171227225753j:plain

(『萩尾望都パーフェクトセレクション1 トーマの心臓Ⅰ』2007年 小学館より)


このヨハンナスピリッツって何? そう思われた方、結構いらっしゃるのではないでしょうか。私もその1人。パイの材料だからフルーツかナッツ? 絵を見ると三角形のパイ生地の上にサクランボのような丸いものがたくさん乗っていて、これがヨハンナスピリッツなのかなあとぼんやり考えていました。


その後、「トーマの心臓」の後日談「湖畔にて~エーリク14と半分の年の夏~」(『ストロベリーフィールズ』1976年 新書館所収)にもヨハンナスピリッツは出てきました。


「毎日 ヨハンナスピリッツが色づく
それを食べに小鳥が飛んでくる」

 

f:id:mimosaflower:20180412165757j:plain

 

イラストでは笹のような長楕円形の葉むらに、丸い実が房のように下がっています。でもそれが日本にもあるのか、あるとしたら何という名前なのかということは、わからないままでした。


月日は流れ、最近のこと。私は米沢嘉博記念図書館で『週刊少女コミック』1973年6号に掲載されていた萩尾先生のヨーロッパ旅行記「こんにちは⇔さようなら」第4回を閲覧していて、1つの絵に目が釘付けになりました。
そこにはオスカーが注文したのと同じパイの乗った皿を持つ先生と、老婦人が!

 

f:id:mimosaflower:20171227225752j:plain

 

添えられた文章は


「ドイツ ハイデルベルグの すてきなカフェで
同席した おばあちゃんが話しかけてきました
おばあちゃんは クリームのたっぷりかかった
チョコレートケーキを
わたしは フルーツのパイを」


そして吹き出しに


先生「この まるい実なに?」
おばあちゃん「ヨハンナスピリッツ」←日本では ぐずべり という北海道にだけあるという実


あああーっ ヨハンナスピリッツー!!! そうか日本ではグズベリというのかーっっ。
グズベリといえば萩尾先生の童話集『月夜のバイオリン』(1976年 オリオン出版)の中の1篇「地球よいとこ一度はおいで」にも出てきましたっけ。
これは初夏の北海道にやってきたオランウータンそっくりの宇宙人が北海道の美しさに感動して「明日また来る」と言って帰って行くけれど、明日とは5年後の冬で…というユーモラスなお話です。宇宙人と小学生の女の子・ななのやりとりに、こんなくだりがありました。


(男の人は)かきねをゆびさすと、「これはなに」と聞いた。
「それはグズベリよ。まだ青いから食べられないわよ」
「これもグズベリか」と、男の人は池のそばの木を指さした。
「これはカリンツよ。これはもう赤くなってるから食べられるわ」


さらに『月夜のバイオリン』の中の「トリッポンのカエル」と「トリッポンと王様」にもグズベリの茂みが出てきて、「トリッポンのカエル」の方は「赤い実のしげみ」と描写されています。先生、よっぽどグズベリがお気に入りだったのでしょうか。


やった~。ついに40年来の謎が解けた~ ♪
と、大喜びしたのも束の間、事はそう簡単には終わらなかったのでした…。


  ●   ●′ ′ ′ 


私はグズベリがどんな実なのか知らなかったので、まずは辞書を引いてみました。するとグズベリという項目はなくて、代わりにグズベリーの項目に次のように書かれていました。
グズベリー=gooseberry、スグリ


gooseberryを引くと
「gooseberry=グースベリ、グーズベリ、グーズベリーグズベリー(の実)、スグリ(の実)、セイヨウスグリ
いろいろ出ましたが、とりあえずグズベリとグズベリーはほぼ同じもののようです。


次に和独辞典を見ました。女性名ヨハンナのスペルはJohannaです。グズベリ、グズベリーは載っていなくてスグリの項に
スグリ=Johannisbeere、学名Ribes sinanense」
うーん、ヨハンナスピリッツと前半は合っているけど後半が違うみたい。


じゃあ独和辞典はどうか。ヨハンナスピリッツらしき単語はなく、
「Johannisbeere=(植)スグリ(属)(Johannisの頃に実る)」
Johannisとは6月24日の聖ヨハネの祝日、また、夏至のことだそう。
ん? スグリ「属」? スグリって固有の植物名じゃなくて総称なの? そもそもグズベリースグリって同じ物?


これはどうも本腰を入れて調べないといけないようだ…。
そこで私は数種類の図鑑、百科事典、ネット検索を総動員してヨハンナスピリッツの正体を調べにかかりました。
そして結論から言うと…正確にはわかりませんでした。


一応調べたことをまとめると次のようになります(読むのが面倒な方は↓↓↓から↑↑↑まで飛ばしてください)。


↓↓↓


まず、スグリとは
ユキノシタ科(スグリ科に分類されることもある)の小低木スグリ属(ドイツ名Johannisbeere)の総称で150種ほどある。スグリ属は①スグリ類と②フサスグリ類に大別される。


スグリ
グズベリー(英名gooseberry)と総称される。実は房状ではない。この中に含まれる種に次のものがある。


セイヨウスグリ(ヨーロッパスグリ、オオスグリマルスグリ)
英名(European)gooseberry
ドイツ名Stachelbeere
学名Ribes uva-crispa、Ribes grossularia
ヨーロッパ原産で明治6年(1873)に日本に渡来。主に北海道で栽培。北海道ではグズベリと言われる。実は直径約1~2センチで熟すと緑色になる品種と赤くなる品種がある。


スグリ
ドイツ名Johannisbeere
学名Ribes sinansense
日本固有種。長野県、山梨県の特産。


フサスグリ
カラント(英名currant)と総称される。房状に実をつける。この中に含まれる種に次のものがある。


フサスグリ(赤スグリ、赤フサスグリ、レッドカランツ、赤カシス)
英名red currant
ドイツ名Johannisbeere
学名Ribes rubrum
西ヨーロッパ原産で明治6年(1873)に渡来(セイヨウスグリと同じ年ですね)。北海道・本州中北部で栽培。北海道ではカリンズカーランツと言われる。実は赤く、直径約5~8ミリ。


以上です。問題は
ヨハンナスピリッツというドイツ語の単語が見つからない。
ヨハンナスピリッツに近いJohannisbeereに当たる日本語は、スグリ属、日本固有のスグリフサスグリといろいろある。
グズベリ(グズベリー)はセイヨウスグリのことで間違いなさそう。でもドイツ名はStachelbeere。また「湖畔にて」のイラストは実が房のように下がっているので、これとは違う。
フサスグリはドイツ名がJohannisbeereで実が房状に付くところが「湖畔にて」とよく似ている。でもこれは北海道でカリンズ、カーランツと言われるものなので、「地球よいとこ一度はおいで」のカリンツのような気がする。


さらに謎を深めているのが、図鑑を見る限りスグリ属の葉はどれもみんな基本的にカエデのような形で尖ったり丸みを帯びたりしているのに、「湖畔にて」のイラストの葉は長楕円形だということ。
実は「トリッポンのカエル」と「トリッポンと王様」にもグズベリの茂みのラフなイラストがあるのですが、やはりスグリ属の葉ではありません。しかも「湖畔にて」を含めて葉の形や実の付き方が少しずつ違うのです。

 

f:id:mimosaflower:20180412165756j:plain

f:id:mimosaflower:20180412165755j:plain

(上「トリッポンのカエル」/下「トリッポンと王様」)


これはもう「湖畔にて」やトリッポンシリーズのイラストに囚われていてはいけないのではないか。
そこで振り出しに戻って「トーマの心臓」と「こんにちは⇔さようなら」のパイの絵を見直してみると、ヨハンナスピリッツの実は意外と大粒でした。大きさで考えるなら直径1センチ未満のフサスグリよりは約1~2センチのセイヨウスグリの方が近いように思えますが断定はできません。


↑↑↑


で、結局「ヨハンナスピリッツとは何か?」の正確な答えは次のどれかとしか言えません。

 

①セイヨウスグリ(グズベリ、グズベリー、Stachelbeere)→大粒でパイの絵に近い
フサスグリ(レッドカランツ、Johannisbeere)→小粒。カリンツ
③そのどちらでもない別の種類のスグリ
④すべてをひっくるめた広い意味でのスグリ属(Johannisbeere)の実

 

どなたか植物に詳しい方、もしくはドイツ語に堪能な方、もしおわかりでしたら、ぜひご教示のほどお願いいたします~!


というわけで何だか調べれば調べるほど深みにはまってしまいましたが、とりあえずスグリの1種だと思っていれば間違いはないようです。
ちなみにレッドカランツを使った焼き菓子は私も大好きです。オスカーも好きなのかなと思うと嬉しかったりして ♪

 

  ●   ●′ ′ ′ 


さて、ここからは余談です。


童話集『月夜のバイオリン』は最初1976年にオリオン出版から刊行されましたが、書き下ろしではなく、もともと『小三教育技術』に発表された作品をまとめたものです。1981年には3作品を加えた新装版が新書館から出されました。
その後、全作品ではありませんが大部分を収録した単行本『銀の船と青い海』が2010年に河出書房新社から出版され、2015年に文庫化されました。「地球よいとこ一度はおいで」も『銀の船と青い海』で読むことができます。ななちゃんのフルネームは「ささやまなな」。きっと北海道在住のささやななえこ先生のお名前をとってつけられたのでしょうね。
「トリッポンのカエル」「トリッポンと王様」そしてもう1作「トリッポンとオバケ」は『銀の船と青い海』に入っていませんが、こみねゆらさんの絵で絵本として2007年に教育画劇から出版されました。「トリッポンのカエル」は「トリッポンのこねこ」と改題されています。絵本「トリッポンのこねこ」に描かれているグズベリの茂みはスグリ属の葉に小さな赤い実、「トリッポンと王様」の方は同じ葉に大きな茶色い実です。


「こんにちは⇔さようなら」は1972年の秋に萩尾先生、竹宮惠子先生、山岸凉子先生、増山法恵さんの4人でヨーロッパを旅行した時のイラストエッセイで、『週刊少女コミック』1973年1号・2号・3-4合併号・6号・7号に計5回連載されました。1回と4回を萩尾先生が、2回と5回を竹宮先生が担当され、3回だけがカラーでお2人の共作です。
まだ1ドル=360円の固定相場制で気軽に海外旅行などできなかった時代に、シベリア経由でストックホルムに入り、そこからヨーロッパ各地を回るという大旅行。先生方の行動力には脱帽するしかありません。この旅行の話は竹宮先生の著書『少年の名はジルベール』(2016年 小学館)に詳しく書かれています。
「こんにちは⇔さようなら」は残念ながら現在のところ単行本未収録です。萩尾先生と竹宮先生の共作なのでどこに掲載するか悩ましいと思いますが、できれば24年組の特集本を作って、その中に入れてほしいなあと願っています。どこかの出版社で企画して頂けないでしょうかね?


※記事内の先生方のお名前は現在の表記です。

 

  ●   ●′ ′ ′ 

 

「地球よいとこ一度はおいで」と絵本のトリッポンシリーズを読んでみたい方はこちらをどうぞ。 

 

銀の船と青い海

銀の船と青い海

 

 ↑ 画像は単行本です。文庫本もあります。 

トリッポンのこねこ

トリッポンのこねこ

 
トリッポンと王様

トリッポンと王様

 

↑ 絵本です。同じシリーズに「トリッポンとおばけ」もあります。