亜樹の萩尾望都作品感想ブログ

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(58)「ベルとマイクのお話」「ママレードちゃん」~不器用な初恋物語

萩尾先生がデビューされた1969年から73年までの作品を感想を交えつつご紹介するシリーズ、久々に再開です。
はじめは自分が特に好きな作品をピックアップして書くつもりだったのですが、好きな作品が多過ぎて結局全部ご紹介することにしました。
たびたび中断することになると思いますが、気長にお付き合い頂ければ嬉しいです。


では今回は不器用な初恋の行方を描きながらもタイプの違う2作品を。


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「ベルとマイクのお話」

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「ベルとマイクのお話」は『週刊少女コミック』1971年3・4合併号に掲載された31ページの作品で、小学館の雑誌に初登場した記念すべき作品でもあります。

 

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(『萩尾望都作品集1 ビアンカ』1995年 小学館より。以下同)


先生は初期にラブストーリーをいくつも描かれていますが、軽快な作品が多い中でこちらは最も純粋なラブストーリーという気がします。


主人公はもうすぐ13歳になる女の子・ベルと、同い年位の男の子・マイク。
2人の出会いは公園のスケートリンク


友達とガールハント目的で来たマイクがベルに声をかけますが、ベルはからかわれたと思って無視します。
でも友人達から男の子に関するABCを教わって心を開き、2人は急速に仲良しに。
毎日グループでスケートをするようになります。


そんなある日、マイクにキスされそうになってベルは驚いて逃げてしまいます。
お互いに会いたいのに気まずい2人。
ベルの友人達が仲直りさせようとするものの裏目に出てしまい、余計にこじれて…。


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この作品の一番の魅力は、13歳前後の少年少女が初めて人を好きになって知るときめきや戸惑い、ぎこちなさが丁寧に描かれているところだと思います。


例えばマイクがベルにスイートピーを買ってあげる場面では


「こんな時 男の子は なんて言えばいいのかな」

「女の子は どんな気持ちで花をうけとるのかな」


気まずくなってからは


「マイク 待ってるのに どうしてこないの
……おこってるのかしら
……キスもさせない女の子なんか
つまんないって思ったのかしら」

「……公園でベルに会うかな
……いやがるかな でも……
そばで ただ見てるだけなら……
いいだろう……?」

「――スケート場でベルがもし……
話しかけてきたら?
――いや!
きらってるんだ そんなこと!」


こんな幼い恋心は誰にでも覚えがあるのではないでしょうか。
外国が舞台なのですが、私は読んでいると日本の話だと錯覚しそうになります。


でも、この作品は少年少女の目線だけで描かれている訳ではありません。
ベルの母と、隣に住むジョーという2人の大人の目線も加わっています。


ベルの母はしつけに厳しく、娘に男の子の友達ができたと知るやいなや「どんな子? 家は? お父さんは? 学校は?」「ベル! あぶないわよ!」と言うような人です。
「子どものため」と言いながらステレオタイプの価値観を押しつけるお母さん。
萩尾漫画にはこのタイプの母親がよく出てきますが、先生自らモデルはご自身のお母様だとおっしゃっています。


ジョーは年齢はわからないのですが大学生位に見えます。
ベルの母が「勉強もできるし家のしつけもいいし」と認めている人で、ベルにとっては小さい頃から優しいお兄さん。
意地っぱりなベルを諭して見守ってくれます。


この2人の存在によって単なる子ども向けの初恋物語で終わらず、大人になって読み返しても魅力的な作品になっているのではないかなと思います。


物語はベルとマイクがそれぞれの思いを胸に公園に向かうところで終わります。
その後の展開を読者に想像させるこのラストが、私はとても好きです。


ちなみに個人的に一番好きな絵はこちら。

 

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作品を通して女の子が小鳥に喩えられているのですが、小鳥のように逃げるベルと、つかまえようとするマイクが軽やかで印象に残ります。


また、同じ構図なのに心情の違いがわかる2つのコマも面白いと思いました。
まずこちらは初めて会った時の2人。

 

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マイクが声をかけようと近づいてきてベルは警戒しています。
次は翌日の2人。

 

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顔は小さくしか描かれていませんが、ベルが心を許して仲良くなっているのがわかりますよね。
左の枠線がないのも、ベルの心の開放と空間の広がりを感じさせます。


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ママレードちゃん」

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ママレードちゃん」は『週刊少女コミック』1972年23号に掲載された24ページの作品です。

 

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(『萩尾望都作品集10 キャベツ畑の遺産相続人』1995年 小学館より。以下同)


「ベルとマイクのお話」がリアリティのある初恋物語だとすると、こちらはずっと少女漫画的。
作品の雰囲気がだいぶ違うし、「ベルとマイクのお話」からそれほど時間がたっていないのに絵が華やかになっています(『萩尾望都作品集』では各作品の最後に年月が入っていて「ベルとマイクのお話」は1970年12月、「ママレードちゃん」は1972年4月となっています)。


ヒロインは16歳のジョージァ。
ジョーと呼ばれています。
母は亡くなり、父と3人の兄(弟かも)と5人暮らし。
近所の子とサッカーをするのが好きで男の子みたいなジョーですが、ママレード作りが得意。


ある日、箱いっぱいのオレンジを抱えて家に帰る途中、デザインスクールの生徒の一団とぶつかって家まで送ってもらいます。
生徒達のリクエストでスクールにママレードを持って行ったジョーは皆と仲良くなり、自分とぶつかったジェスに惹かれていきます。
でもジェスはジョーを男の子だと思い込んでいたのでした。


スクールではファッションショーの準備が進められていましたが、当日、一番細いモデルが足をくじいてしまいます。
でも1人だけジョーが女の子だと知っていた生徒の機転でジョーが代役を務めることに。
あわてふためくジョーでしたが…。


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ジョーは「ハナがひくくて そばかすだらけで ガーリガリ」。
でも恋をして、きれいになりたいと思い始め、ファッションにも興味が向いてくる。
なのに男の子と間違われていたと知って大ショック。
どうせ自分なんかと元の生活に戻ってしまいます。


それでもショーに担ぎ出されて華奢な体型を活かせる服を身にまとい、コンプレックスだったそばかすを褒められ、薄化粧をしてライトを浴びる中で自分の魅力に気づくのです。


ジョーとジェスがぶつかってオレンジが道いっぱいに転がり、それをきっかけに恋が始まる。
おてんばな子が恋をして変わっていく。
まさに少女漫画の王道を行く展開ですね。
でもそこで大きなアクセントになっているのがファッションです。


萩尾先生は実際にデザインスクールに通っておられたので実体験に基づいているのでしょう。
スクールやショーの様子が生き生きと描写されていて、とても楽しいです。
中でも2ページに渡ってジェスが西洋のファッション史を語る場面は、専門的で絵も可愛くて見所の1つ。
私も大好きな場面です。

 

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ジョーがジェスの作った服を着てステージを歩いている時、ジェスはこんなナレーションをします。


「No. 11 時の夢
だれにでも少女のころの
夢多き…時があります
夢には目覚めが ともないます
たいていは恋を知ることによって
少女は より美しく
たおやかな娘となり
いつかは……」


その途中で小道具の時計のベルが鳴り出し、ジョーは弾かれたようにジェスに抱きつきます。
まさにこの時が、ジョーが少女の夢から目覚めた瞬間だったのでしょう。
恥じらいと幸せいっぱいの笑顔が可愛いです。


ジョーが鼻歌で歌っているのは「ジョージィ ポージィ プリンにパイ」。
モデルクラブに誘われるところは「この娘うります!」のドミみたい。
ジェスは「精霊狩り」シリーズのイカルスに似てる。
そんなちょこちょこした楽しみも見つかる作品です。


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記事内の作品はこちらで読めます

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「ベルとマイクのお話」

 

アメリカン・パイ (秋田文庫)

アメリカン・パイ (秋田文庫)

 

 

ママレードちゃん」

 

この娘(こ)うります! (白泉社文庫)

この娘(こ)うります! (白泉社文庫)

 

 

 

萩尾望都-愛の宝石- (フラワーコミックス)

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過去に書いた1969-73年作品の感想です。よろしければどうぞ。

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