亜樹の萩尾望都作品感想ブログ

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(63)「11月のギムナジウム」~もうひとつの「トーマの心臓」

今月は少々出遅れてしまいました。
もし何度か来てくださった方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。


さて、1969-73年作品シリーズ、今回は最近「トーマの心臓」関連の記事が続いたこともあり「11月のギムナジウム」の感想を書いてみたいと思います。

 

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左からフリーデル、オスカー、トーマ、エーリク、(多分)アンテ、右端の子は名前不明
(『萩尾望都パーフェクトセレクション2 トーマの心臓Ⅱ』2007年 小学館より。以下同)


「11月のギムナジウム」は『別冊少女コミック』1971年11月号に掲載された45ページの作品で、萩尾先生の最初期の作品の中では最も有名かもしれません。
それだけに思い入れのある方も多いのではないでしょうか。


皆様もご存じのように、この作品には「トーマの心臓」と同じキャラクターが登場しますが、2つは別の物語です。
そのあたりの事情を先生が『萩尾望都パーフェクトセレクション2 トーマの心臓Ⅱ』に書いておられるので、一部引用させて頂きます。


「実は、趣味で『トーマの心臓』をたらたらとあてどなく描いているうちに、(そのころ仕事もあまり無くヒマでしたので、あてどなく描く話は何作かありました。うちの一つです。)違う枝葉がのびるように、するすると『11月のギムナジウム』という別の話が浮かんでしまいました。
それで、こちらを先に発表いたしました。
短篇なので、当時としては発表しやすかったのです。
キャラが同じなのは、そういう事情なのです。」


ここから先はストーリーを詳しく書いていますのでネタバレNGの方はご遠慮くださいませ。記事の最後に作品が収録されている本をご紹介しています。


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物語は11月の第1火曜日にエーリクがヒュールリンギムナジウムに転入してくるところから始まります。
両親の不和が原因で成績も生活態度も悪くなり、前の学校を退学になったのでした。
転入早々に遭遇したのは、自分とそっくりな少年・トーマ。
しかしエーリクを見たトーマは笑い出し、エーリクはトーマを平手打ちしてしまいます――。


私が「11月のギムナジウム」を読んで最も感じた「トーマの心臓」との違いは、何と言っても「トーマの心臓」では物語の冒頭で死んでしまうトーマが生きて動いていることでした。
この作品はフリーデルやオスカーを含めた少年達の群像劇で主人公はエーリクのように見えますが、私はむしろトーマが主人公のように感じます。


リーデルはトーマを「おとなしくてきれい」な「ギムナジウムのアイドル」で「ポーカーフェイス」、「あんなに なにを考えているかわからない子もいないな…だれに対しても人あたりがよすぎる分だけナゾだね」と評しています。
このあたりは「トーマの心臓」と共通したイメージですが、こちらでは授業を計画的にエスケープしたりオスカーをきっぱりと拒んだりして、幻ではなく生きて意思をもった少年だと実感します。


実は双子のトーマとエーリク。
エーリクと同じ名前だった父は2人が生まれる前に、まだ15歳で亡くなりました。
すでに他の人と結婚していた母が、長く家を空けていた夫に自分達の子だと偽ってエーリクを育てる一方で、トーマは父の実家に引き取られました。
亡き父を兄、祖父母を両親、父の姉妹を姉として。


「…ぼくの命は…とじこもっている
…秘密は…封印された つぼの中…」


家族に愛情をもって育てられたトーマ。
けれど父が残した手紙などから秘密を知っていきます。


でも彼は誰にも言いませんでした。
きっと言ってはいけないと思っていたのでしょう。
家族が自分のためを思って秘密にしているのだから、その愛情に応えるために気づかないふりをしなければならないと。
それが無意識に体に染みついて、学校で「ポーカーフェイス」と言われる子になったのかもしれません。


でも心の中は苦しかったはず。
もし生き別れになった兄弟がいることも知っていたのなら自分の気持ちをわかってくれるのではないかと思っただろうし、母のもとにいる兄弟が羨ましかったかもしれません。
エーリクに初めて会った時、その顔と名前、亡き父ゆずりの巻き毛からすぐに兄弟だとわかったものの、気持ちは複雑だったのではないでしょうか。
笑ったのは運命のいたずらに対してだったのかな、という気がします。


草地でエーリクと2人きりになった時、トーマはエーリクに握手を求めますが拒否されます。
もしこの時エーリクが応じていたら、トーマはどんなにか救われただろうと思います。


だけどエーリクにしてみれば、第一印象が最悪だった相手。
それにオスカーに仕返しさせたと思っているし、泣き顔まで見られたのですから握手なんてするわけがありません。
トーマもエーリクが何も知らない様子なので、まだ話す時期ではないと思ったのでしょう。


そして雨の中、エーリクのふりをして母の顔を見に行くトーマ。
初めての母のキス。
でもエーリクではないと言えない。
雨に打たれながら街灯の下で嗚咽する姿が切ないです。


肺炎になり、家族への最期の言葉は「ごめんよ」でした。
「ありがとう」ではなく「ごめんよ」。
それは死んでしまうことに対してでしょうか。
それとも自分の存在そのものに、だったのでしょうか。


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この作品はトーマ以外の少年達もしっかり描かれています。


エーリクは「トーマの心臓」ほどには甘えん坊ではありませんが、直情的で意外と素直で可愛い。
転入してきた時、エーリクは自分の出生の秘密を何も知りませんでした。
そしてすべてを知った時、トーマはもうこの世にいませんでした。


トーマが死の床で自分の名前を呼んでいた。
1人で抱えるには重過ぎる秘密をずっと胸に秘めていた、双子の兄弟が…。


「なぜ言わなかったんだろう
なぜそれを ぼくにもくれなかった
なぜ一人で しまっていたんだ!
なぜ一人で ママに会いに来たんだ!」

「草地での…
あの一瞬だけが…
二人だけの世界だった
――トーマ…」


きっとエーリクはトーマの家を訪れて、生前の彼の様子をもっと知ることができるでしょう。
そしてその心を感じながら、この先ずっと生きていくことになるのだろうと思います。


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オスカーは不良っぽいですが、トーマの訃報を聞いて1人で温室(?)で追悼しているところが温かいし、やっぱりかっこいい。
リーデルは親切で友人思いで、ユーリもサイフリートの事件前はきっとこんな委員長だったんだろうなと思います。
ローマ字で「トーマの心臓 ユリスモール」と書かれているコマがあるので、ご紹介。
隣のコマには「ページが足りない!」と書かれています。

 

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右のコマ/“TOMA NO SINZOU”YURISUMOURU
左下のコマ/PEZI GA TARINAYI !


他に、扉絵の右から2人目の子は、フリーデルのセリフの中に「アンテ」という名前が出てくるので多分アンテなのでしょう。
また、「小鳥の巣」のテオに似た子もチラッと登場しています。

 

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絵の面で私が特に印象に残ったのは、2つ上の画像のすぐ下にある、こちらのコマでした。
たった1コマでセリフも全くないのに、これだけでトーマが重篤だと表現してしまっていて、すごいと思いました。

 

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冒頭のコマの、雨の中の堅牢な校舎と門に佇むエーリックのシルエットは、何度か出てくる雨の場面やラストシーンとリンクしているように感じます。

 

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それからフリーデルがトーマとエーリクの出生について語る場面で、2人の父の姿が繰り返し何度も描かれているのも映像的で好きです。


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私は詳しくないのですが、今は少女漫画に「ギムナジウムもの」というジャンルが確立しているそうですね。
この作品は、その先駆けと呼べるでしょうか。


寄宿学校という閉じられた世界での1か月の物語。


晩秋の冷たい雨と木枯しの音

教室のざわめき

生徒達が歩き走る靴音

日常的な小さな騒ぎや悪ふざけ

好奇心と憧れ

人けのない週末

やり場のない苛立ち

微熱をもった孤独

傷ついて流す ひそやかな涙…


――「11月のギムナジウム」からは思春期の少年達の息遣いが聞こえてくるようです。


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この作品はこちらで読めます

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11月のギムナジウム (1) (小学館文庫)

11月のギムナジウム (1) (小学館文庫)

  • 作者:萩尾 望都
  • 発売日: 1995/11/17
  • メディア: 文庫