亜樹の萩尾望都作品感想ブログ

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(97)『トーマの心臓 プレミアムエディション』

こんにちは。
先日、小学館より『トーマの心臓 プレミアムエディション』が刊行されました。


2019年に『ポーの一族 プレミアムエディション』が刊行されてから「トーマの心臓」も出るといいなあと思っていたので、早速購入しました。

 

トーマの心臓 プレミアムエディション (flowers PREMIUM SERIES)

 

「B5判のワイドサイズ、現存するすべての原画で版を新たにし、最新技術で美麗に印刷」
「カラー原稿はそのままカラーで再現」(帯より)


と『プレミアムエディション』ならではの贅沢な仕様に加えて、今回は「フラワーコミックス版では未収録の扉ページを復刻」ですから、嬉しいじゃないですか。


この本には表題の「トーマの心臓」だけでなく「訪問者」「湖畔にて――エーリク 14と半分の年の夏」も収録されているので、厚さも重さもちょっとした事典並み。
でも、これら3作品が1つにまとまった本は初めてで貴重です。


最新技術で印刷されたという絵は美しく、繊細な線も細かい点描も鮮明です。
掲載誌と同じワイドサイズなので潰れて見えないこともありません。
2色ページの色も『パーフェクトセレクション』(2007年 小学館)とかなり違うし、デビュー50周年展の図録(2019年 小学館)とも若干異なります。


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帯に書かれている「トーマの心臓」の扉ページは『パーフェクトセレクション』にも収録されていますが、連載時に扉絵の原画が読者にプレゼントされたため原画から起こしたものではありませんでした。


『パーフェクトセレクション9 半神』(2008年)の最後に載っている「あとがきにかえて」によれば、「原画の写真を撮っていただいたので白黒のネガがあり、使えるものはそれをそのまま使いました」とのこと。
第14回の2色扉は掲載誌から写真を撮ってパソコンで修正したそうです。


2019年にデビュー50周年の企画として原画の探索が行われ、見つかった7枚の絵が今回の『プレミアムエディション』で使用されています。
それ以外の扉絵は『パーフェクトセレクション』と同じもので、比べてみるとやはり原画からの方が断然美しいですね。
線に生命力があるというか息づいている感じで。


扉絵に関しては、私にとって大きなサプライズがありました。
今、「新たに原画から起こした7枚以外は『パーフェクトセレクション』と同じ」と書きましたが、何とそこにも載っていなかった第27回のカラー扉が収録されたんです!(p. 409)


『週刊少女コミック』1974年46号に掲載された第27回は、まず左ページに「トーマの心臓」と高橋亮子先生の「つらいぜ!ボクちゃん」のカラー合同扉があり、それをめくると右ページが「トーマの心臓」のカラー単独扉になっていました。
でもタイトルと著者名は合同扉に入っているのでこちらにはなく、代わりにトーマの言葉が書かれています。


連載終了後、初の単行本『フラワーコミックス』には合同扉も単独扉も収録されず、単独扉の位置にエーリクのモノクロ1枚絵(『プレミアムエディション』p. 410)が挿入されました。
この形はその後の文庫本などでも引き継がれたようで、直近の単行本であった『パーフェクトセレクション』も同じです。


その幻の単独扉が今回カラーで『プレミアムエディション』に!!
驚きと喜びで思わず心拍数が上がりましたよ。


そもそもこのページにはタイトルではなくトーマの言葉が書かれていたので、私は普通のカラーページだと思っていたんです。
なので「これが本来の扉絵だったのか!」という驚きと、思いがけず出会えた喜びと。


巻末の注記によると、このページは原画原稿が先生の手元になく、掲載誌から起こした版を補正されたそうです。


それにしても『パーフェクトセレクション』で2色扉は掲載誌の写真を修正して収録したのに、こちらが収録されなかったのは、やはりカラーは無理だったからでしょうか。
ファンとしては、カラーじゃなくても載せてもらいたかったなあと思わないでもないですが。


なお、合同扉のイラストも『プレミアムエディション』巻末の「スモール・ギャラリー」の先頭ページに載っています。
こちらも単独扉と同様に掲載誌から起こしたものです。


扉絵については、もう1つ発見(?)がありました。


第4回の扉絵(p. 55)はエーリクが上、ユーリが下、薔薇が上向きになっているのですが、『パーフェクトセレクション』は天地が逆なのです。
つまりユーリが上、エーリクが下、薔薇が下向き。
そして『テレビランド増刊イラストアルバム⑥萩尾望都の世界』(1978年 徳間書店)も『パーフェクトセレクション』と同じ。


あれ? 今回のが正しいのかな?
私は掲載誌も見たことがあるんですが覚えていないんですよね。
でも覚えていたところで必ずしも掲載誌が正しいとも限らないわけだし…。
まあ、どちらが上でも下でも違和感ありませんから!


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トーマの心臓」を『パーフェクトセレクション』と比べながらサッと見ていると、あることに気付きました。
トーマの詩の一節が、ちょっと変わってる!


作品の中にトーマの詩は2回出てきます。
第1回の扉と、エーリクが図書室で詩を見つける場面です。
この2か所は文言が全く同じというわけではありません。


図書室の場面で『パーフェクトセレクション』の「ぼくのからだが打ちくだかれるのなんか なんとも思わない」に対して、今回は「――打ちくずれるのなんか――」になっています。


「ん?どっちも正解な気がするけど?」と気になって、手持ちの本がどうなっているか見てみました。


掲載誌 第1回扉「打ちくだかれるのなんか」

掲載誌 図書室 不明

『フラワーコミックス』第1回扉「打ちくずれるのなんか」

『フラワーコミックス』図書室「打ちくだかれるのなぞ」

『パーフェクトセレクション』第1回扉「打ちくずれるのなんか」

『パーフェクトセレクション』図書室「打ちくだかれるのなんか」

『プレミアムエディション』第1回扉「打ちくずれるのなんか」

『プレミアムエディション』図書室「打ちくずれるのなんか」


あ、前から両方あって微妙に変わってきてるんですね。


『フラワーコミックス』と『パーフェクトセレクション』の間には『萩尾望都作品集』や文庫本など数種類の版があります。
私は持っていなくて分からないのですが、これらの間でも異同があるのかもしれません。
今回の『プレミアムエディション』刊行にあたって、先生は2か所の言葉を同じにしようと思われたようです。


少し脱線しますが、トーマの詩は他にも初出とそれ以降で変わっている部分があります。
一番有名なのは、最後の1行が掲載誌では「彼の中に」だったのが『フラワーコミックス』から「彼の目の上に」になったことではないでしょうか。


この変更の理由については『萩尾望都 紡ぎつづけるマンガの世界~女子美での講義より~』(2020年 ビジネス社)の中で、先生が次のようにおっしゃっています。


「最初は「目の上に」と書いたのですが、読者の方が変に思わないかな、説明しなきゃわからないかもしれない。「彼の中に」のほうがわかりやすいかなと思って、「彼の中に」に変えたんです。でも、あとでやっぱり“中で生きる”というのは不遜だよなと思って、単行本が出るときに、「目の上に」に直しました。目の上に生きると言うのは、思い出として生きるということです。」(p. 144)


新しい版が出るたびに、こうやって少しずつ手直しされていくんですね。


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『プレミアムエディション』の「トーマの心臓」は絵にも小さな変化がありました。


ユーリがオスカーに秘密を知られていたことを知った後で、追いかけてきたエーリクと話す場面です。


『パーフェクトセレクション2 トーマの心臓Ⅱ』p. 138

 

『プレミアムエディション』p. 464

 

 

ユーリの顔に影が入りました。
これだけでも雰囲気が変わりますね。


そのすぐ後にエーリクが「ぼくの翼をあげる」と言った場面。


『パーフェクトセレクション2 トーマの心臓Ⅱ』p. 141

 

 

左のこめかみの辺りにうっすらと影。


『プレミアムエディション』p. 467

 

 

はっきりと影が付けられました。
よく見ると鼻と口の辺りもちょこっと修正されています。


『パーフェクトセレクション』と『プレミアムエディション』の全てをしっかりと見比べた訳ではありません。
それでも言葉の違いについては他にも気付いたところがあるので、よく探せば変更点や加筆修正がまだあるかもしれないですね。

 

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『プレミアムエディション』で嬉しいのは本編以外のイラスト類を載せてくれるところ。
この本にも口絵に「訪問者」の予告イラストと、巻末に3ページの「スモール・ギャラリー」が付いています。


個人的に「トーマの心臓」の読者プレゼント葉書を2種類とも見られたのがとても嬉しいです。
当選した方が大切に保管されていたのでしょう。
その下の左端のユーリとトーマのイラストもとても素敵。
これは初出が分からないので、ご存じの方がいらっしゃったらご教示頂きたいです。


また、先生が劇団スタジオライフ演出家の倉田淳さんと対談をしながら作り上げたという「シュロッターベッツ学院 見取り図」も楽しいです。
隅っこに書かれている文字によると建物の階は英国式に数えるので、ヤコブ館の「2階はしの部屋」は建物の「3階はしの部屋」なのだとか。
そうだったのか~!

 

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「湖畔にて」は雑誌の付録になったことはありましたが、こうして書籍に再録されたのは初めてではないでしょうか(違っていたらすみません)。
初出の『ストロベリーフィールズ』(1976年 新書館)は正方形の判でしたが、今回はB4判なので文字の位置が違うページがあります。
でもそんなことは関係なく、みずみずしい読後感は昔読んだ時のまま。


今回、斜め読みではありますが3作品を久しぶりに読んでみて、シドやトーマの両親といった周囲の大人達がとても魅力的に思えました。
時を経てなお魅力が増すのは名作の証。
今度じっくり読み直して、懐かしくて新しい「トーマの心臓」の世界を味わいたいと思います。


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このブログにも「トーマの心臓」のイラストを掲載させて頂いております。
発表順に並べていますので、ご興味のある方は記事(60)からご覧ください。
第27回の掲載誌上のカラー合同扉と単独扉は記事(61)にあります。

(60)「トーマの心臓」イラスト集① - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記

(61)「トーマの心臓」イラスト集② - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記