亜樹の萩尾望都作品感想ブログ

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(67)「秘密の花園 Vol. 2」

思い切りネタバレしております。ネタバレNGの方は申し訳ありませんが作品をお読みになってから、ぜひまたいらしてくださいね ♪


待ちに待った「秘密の花園」の連載が再開されましたね!
Vol. 1 から1年ちょっと。嬉しいですね~ ♪


では早速、恒例の『flowers』表紙と作品の扉絵からどうぞ。

 

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小学館『flowers』2020年8月号より。下も同)


表紙は棘もいとわずバラをかき抱くエドガー。
麗しい。そしてウエストが細い!
この華奢な腰と眉の形は、もう「ペニー・レイン」扉絵風の衣装を着た明日海さん…って、毎度どうもすみません。


扉絵はとてもインパクトがありますね。
赤いバラが表紙から続いています。
中世風のコスチュームで、まるで物語の一場面のよう。
紋章のようなものは何でしょうか。
この扉絵については他にも気になることがあるので後でまた書きます。


・*・・*・


それでは物語の感想を。


1ページ目はカラーで、眠るアランと、それを見守るエドガー。
アランの寝顔が幻想的な色合いで美しく、そこにエドガーの「夢を見てるの?」というセリフが被さって、私は何となく「バルバラ異界」を思い出してしまいました。
もっとも私は「バルバラ異界」をずいぶん前に1度読んだきりなので的外れだったら申し訳ないですが。


クエントン館に、エドガーからの手紙を受け取った後見人の弁護士・ウインクル氏が到着。
…と思いきや、現れたのはシルバーでした。


シルバー、活躍しますね~!
「春の夢」「ユニコーン」より顔がふっくらして若く見えるのは、エナジーを補給したばかりだったから?
それとも、もっと古い時代の話だからでしょうか。
この「バンパネラの見た目年齢問題」、私にはいまだに謎なんですよね。


今号ではシルバーの名字も判明しました。
シルバー・ピーターバラ


で、今度は「バンパネラの名前問題」なんですが、私は前に「一族の名前には『ポ』が付くんだよ」と教えてもらったんです。
ポーツネル、ポリスター、ポラスト。確かに。


でも儀式をしていない人はトワイライト、クエントンと「ポ」が付かないので、儀式の時に改名するのだろうか?なんて勝手に想像していたのですが。
ピーターバラも「ポ」が付かない。
じゃあイニシャルが「P」ならいいのかというと、おそらく一族と思われるウインクルは「P」すら付かない(ものすごくどうでもいいことですが、Vol. 1 ではウィンクルでした)。


そこで現時点での結論は


「一族の名前に特に決まりはない」


ということでいかがでしょうか。
これでもしウインクル氏のファーストネームがポールとかだったり実は人間だったりしたら、また頭を抱えそうですが…。


・*・・*・


さて、シルバーは族長のクロエからエドガーを説得してポーの村に連れて帰るよう言いつかって来たのでした。
エドガーは後見人がポーの村と通じていたことに大きなショックを受けます。
更に一族についてまだまだ知らないことや、自分の力だけではどうにもならないこともあると思い知らされます。


私が今号で一番印象に残ったのは、男爵夫妻とメリーベルを失った時の話を蒸し返されたエドガーが「ぼくの前で二度とその話をするな 妹の名を出すな!」と叫ぶ場面で、この頃はエドガーの心の傷はまだ生々しかったのだなと思いました。
シルバーと話しながらカーテンにくるまり、最後はカーテンを閉めて足を投げ出して座っている姿は、どうしていいかわからない小さな子どものように見えました。


でも考えてみれば男爵夫妻とメリーベルが突然消えてしまってからまだ9年しかたっていないのですよね。
120年以上も一緒に暮らしてきたのに。
エドガーにとって3人を失うことは天涯孤独の身になるということで、特にメリーベルの喪失は生きる意味をなくすことでもありました。


「ペニー・レイン」でアランの目覚めを今か今かと待っているエドガーは、そんな不安やさびしさ、心細さでいっぱいでしたし、幼いリデルを殺さなかったのもメリーベルを重ねたからかなと思います。


そしてアラン、リデルと共に旅を始めてからは子どもだけで生きる難しさに直面したことでしょう。
いくら世慣れているとはいえ、それまでの人生は男爵夫妻の庇護のもとにありました。
ずっと男爵に反発してきたけれど実際には守られていたこと、子どもでは不自由が多いことを痛感したのではないでしょうか。


ウインクル氏との関係はまだよくわかりませんが、エドガーにとって唯一信頼できる大人だったのではないかと思います。
その相手に裏切られて自分の甘さ、未熟さに気づき、シルバーの言葉が余計にこたえたのかもしれません。


でも、ここから先はいつもの冷静なエドガー。
やむをえずアーサーの助けを借りようと決めますが、慎重に事を進めます。


一方のアーサーも、エドガーの一族が普通の人間と比べて実に変わっていると聞いてエルフ一族を思い浮かべるところは、さすがイギリス人。
いや、こういう発想をすること自体が変わり者の証拠かもしれませんが。
これからアーサーがどのように一族の真実を知っていくのか、なぜ仲間に加わるのか、明かされるのが楽しみです。


・*・・*・


個人的に今号で一番興味深かったのは、新シリーズで新たにわかった一族の「眠り病」でした。
シルバーの話によれば「眠りの時季」は不意にやってきて長く続く。
だから安全に眠れる村が必要――。


この「眠り病」の正体はまだ謎ですが、単に眠くなるというだけではないですよね?
「春の夢」でアランが「眠りの時季」に入っている時、ファルカが言っていました。


「あんたは “気” のヒフが薄いんだよ
すぐシューシュー漏れちまう
また治してやるよ 安心しな」


そして1週間ほどかけて少しずつ “気” のヒフを塞いでくれたおかげでアランは元気になりました。
つまり “気” のヒフが薄いからエナジーが漏れて眠くなる、ということのようですね。
リーベルも半年、1年と眠ることがあったそうですが、きっとアランと同じ症状なのだろうと思います。
2人は体質的に似ていますし。


でも「春の夢」でエドガーは「…ポーの村にいる一族は…そのほとんどは…バラの世話をするほかは眠り続けているんだ…」と言っていました。
皆が皆、“気” のヒフが薄いのでしょうか?
そうでないならエナジーを無駄に消耗しないように本能的に眠くなるとか、別の原因があるのかも。


それと、眠っている間の意識はどうなっているのでしょうか。
今号の1ページ目のアランを見ていると、夢の中でどこかと交信しているのではないかとも思えるのですが…。


ポーの一族の「眠り病」がルチオ一族の「眠れない病」と対になっているのも面白いところ。
この2つには何か関連がありそうですよね。
どちらも新シリーズの鍵の1つだと思うので、これからも注目していきたいです。


ところで、突然ですがここで冒頭に載せた扉絵の話に戻りたいと思います。
実は私の妹が、この絵をグリムの「いばら姫」みたいだと申しまして。


「いばら姫」が「?」の方も、ペローの「眠れる森の美女」と言えばおわかりになるのではないでしょうか。
こちらを原作にしたディズニー映画もありますし。
ちょっと調べてみましたら、「いばら姫」も「眠れる森の美女」も出典は同じ昔話ですが細部に違いがあるそうです。


例えばペローとディズニーの「眠れる森の美女」では王子が必死にイバラを切り開いて(ディズニーでは竜とも戦う)城に入りますが、グリムの「いばら姫」では王子が来た時にちょうど100年の呪いが解けてイバラがひとりでに道を空けます。


また、グリム版とディズニー版では王女は王子のキスで目を覚ましてハッピーエンド。
これに対してペロー版では、ちょうど100年の時が過ぎたため王女は自分で目覚めます。
そして王子と結婚しますが、その後に怖~い続きが…。


どうしてこんな話を長々とするのかというと、「いばら姫」でも「眠れる森の美女」でもいいのですが、「王子がイバラを切り開き(障壁を乗り越え)、眠り続ける王女を目覚めさせる」という図式が、このポーの新シリーズに通じる気がするからなのです。


「眠りの時季」に入ったアランを守ろうと戦うエドガー。
1976年以来、炭のような状態で眠り続けているアランを何とか復活させようと必死なエドガー。


そう考えると今号の扉絵が新シリーズ全体を象徴しているように見えてきます。
襲いかかる赤いバラが、ポーの村でフォンティーンに絡みついているバラの根や咲き狂う花を思い起こさせますし、エドガーを連れ戻そうとするクロエの姿とも受け取れます。
もちろんこれは私の勝手な妄想で、萩尾先生はそんな意図で描かれたわけではないでしょう。
でも色々と想像するのは楽しいですね。


・*・・*・


そのほか気になったこと。


沢山ありますが、何と言っても驚いたのはこれ。


エドガーは軽い催眠術を使える!!


いやー、びっくりしましたね。
ポーの誰もが催眠術を使えるわけではないと思うのですが、大老の直系ゆえ?
1944年の時点で「目を使う=テレポートする」という大技も身につけているし、他にも隠された能力があるのかも。


私は最終的に大老エドガー vs. フォンティーン&バリー=ダイモンという大老とその直系同士によるバトルが繰り広げられるのではないかと思っているのですが、フォンティーンもバリー=ダイモンも不思議な(不気味な?)力を持っていそうなので、もし本当にバトルになったらすごいでしょうね。


次に気になるのは、犬のフォルテがアランが眠っている小部屋までついて来たこと。
あれほどマルコに外に出すなと言われていたのに。
これって何かの伏線ですかね?


フォルテは9年前にパトリシアがアーサーにあげた犬なんですよね。
9年前と言えばエドガーがアランを仲間にした年。
これは単なる偶然か?
更に犬と言えば、私は「ユニコーンVol. 3」でアランが犬に怯えていたのが今も引っかかっているんですよ。


まあ、ここまで来るとさすがに考えすぎかもしれませんが…。
ポーを読んでいると何でも伏線かと思えてしまって困ったものです。
でも先ほども書きましたが、こうやってあれこれ考えるのが楽しいんですけどね ♪


あっ、今回はエディスとロビン・カーに続いてリデルがチラッと出ましたね!
新シリーズに本人達が登場することはなさそうですが、こうして回想シーンで語られるだけでも嬉しいです(もし登場したらもっと嬉しいけど)。
他のキャラクターも出てくれるといいなあ。


絵の面では黒と白のコントラストが印象的なコマが多くて旧シリーズを思い出しました。
エドガーとシルバー、エドガーとアーサー、2人だけで話す場面が何ページも続きましたが、カーテンの花柄や庭のバラ、木立など背景に変化があって飽きさせないのがすごいなと思いました(偉そうですみません)。


そして私が独断で選んだ今月のエドガーのベストショットはこちら!

 

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夜の闇の中、ランプの灯りに照らし出された妖しく美しい顔。
セリフがまたエドガーらしくていいですよね。


さてさて、次回はドミニクという少年の話が語られるのでしょうか。
この子は庭師の息子なのかな。全然違う?
パトリシアとアーサーの関係も気になりますね。
ウインクル氏は登場するのか。
エドガーはアーサーに更なる秘密を告げるのか。
アランは?
シルバーは?


うーん、目が離せません!


・*・・*・


Vol. 1 の感想です。よろしければどうぞ。
(52)「秘密の花園 Vol. 1」
https://mimosaflower.hateblo.jp/entry/2019/06/09/160524

 

 

記事(30)(33)(35)に画像を追加しました

ポーの一族」イラスト集に画像の追加と追記をしました。
どうぞご覧くださいませ。


(30)予告・表紙・合同扉絵④
「小鳥の巣」第2話予告カット+完全バージョン(テオ)https://mimosaflower.hateblo.jp/entry/2018/03/02/153107


(33)予告・表紙・合同扉絵⑤
エヴァンズの遺書 前編」目次カット+完全バージョン(アーネスト)
https://mimosaflower.hateblo.jp/entry/2018/05/01/072723


(35)予告・表紙・合同扉絵⑦
「一週間」予告カット完全バージョン
「エディス 中編」予告カット完全バージョン
ブログに載せていないカットについての追記
https://mimosaflower.hateblo.jp/entry/2018/05/01/075718

(66)「ポーの一族 番外編 月曜日はキライ」

先日発売された『flowers』7月号に「ポーの一族」の4ページの番外編「月曜日はキライ」が掲載されました。
番外編とはいえ「秘密の花園 Vol. 1」から1年ぶり。
それにポーシリーズの番外編は初めてで(「はるかな国の花や小鳥」は番外編ではないと思うので)、もう「待ってました!」という感じです。


このブログではポー新シリーズの感想は特にネタバレ満載なのでショート番外編くらいはネタバレせずに書きたいと思ったのですが、やっぱり無理でした。
そんな訳で未読の方はご注意くださいね。


前の記事(65)にも載せましたが予告カットはこちらでした。

 

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小学館『flowers』2020年6月号より)


予告が「ポーの一族 秘密の花園 番外編」なのでてっきり1888~89年のクエントン館が舞台かと思ったのですが、全然関係なかったですね。
今月号の表紙にも「秘密の花園」と書かれているものの、作品ページは「ポーの一族 番外編」となっていて、もっと後の時代のお話でした。
いつ頃かはっきりとはわかりませんが1960年代か70年代でしょうか。


そして私は予告カットと『芸術新潮』のインタビューからエドガーが料理したりするコメディータッチの内容を想像していたのですが、またまた良い意味で裏切られました。
まさかアランがメインの話とは!


アランファンとしては、それだけで嬉しい。
それに、きれいな絵が多くて嬉しい × 2。
特に髪がいい感じで、こういう横分けで外にハネていなくて流れるようなスタイルが個人的には一番しっくりくるんですよね。
更に「アランってやっぱり、いい子」と思えて、嬉しい × 3でございます。


さ、前置きはこれくらいにして本題に参りましょう。


・・・・・・・・・・・・


見知らぬマダムから宝石のついた指輪をもらったアラン。
「ぼく誰かに売っちゃいますよ」と言うと、マダムは言います。


「いいえ 声でわかるわ
育ちのいい わがままな男の子ね
家に帰って そこらの引き出しにしまって忘れちゃうのよ
でも10年後に引き出しのスミに転がってるのを見つけて
あれ なんだっけ これ?と考えるんだわ
ね? そういうのステキじゃない?」


マダムは当然アランを普通の少年だと思っているので10年後の姿をイメージしています。
その絵を見ると、あ、24歳のアランてこんな感じかも、と思います。
もしかしたらアランも一瞬だけ24歳の自分を想像したかもしれません。


それから数か月後にアランが再会した時、幸せそうな有閑マダムに見えた人は、実は少し違っていたのだとわかります。


マダムはもう自分のことを忘れている。
勧めたローズヒップティーを気に入ってくれたけれど、彼女の中に10年後の自分はもういない。


家に帰ってアランはエドガーに言います。


「…もう月曜はキライだ…」


その後、アランは指輪をどうしたのでしょうか。
月曜日にはマダムを思い出したりしたのでしょうか。


こんな風に彼らは時々ゆきずりの人から言葉や気持ちや物を受け取ったり、あるいは与えたりしながら変わらぬ日々を生きているのだろうと思いました。


「彼らのはたを時はゆく
彼らにとって時はそのまま止まっている
かわってゆくのは周囲であり
わたしたちのほうなのだ」
(「ランプトンは語る」より ジョン・オービン)


・・・・・・・・・・・・


今回エドガーは出番が少ないですが、相変わらずのエドガーです。
少ないセリフの中で私のベストは


「ふん きみは自分が
かわいいって自信があるから
世の中に甘えているんだ」


これねー!
萩尾先生はエドガーとアランのおしゃべりを聞きながら作品を描くとおっしゃっていますが、先生の妄想の中でエドガーはこれを何度もブツブツ言ってるんじゃないかという気がします。


アランは本当に可愛い。
ただ、旧シリーズでは「小鳥の巣」で小悪魔的だったとはいえ「可愛い」と形容されたことはなくて、新シリーズになってから急に強く前面に出てきた気がするんですよね。


宝塚版でエドガーがアランを選んだ理由に「生意気だが純粋で汚れていない」というセリフがあり、先生はこのセリフに感激して作品に使っていらっしゃるそうです。
(情報源は「萩尾望都作品目録」様の2020年2月9日付ニュース。「『ポーの一族』と萩尾望都の世界」と題された講演の詳細なレポートです ↓ )
https://www.hagiomoto.net/news/2020/02/post-338.html


ユニコーン」でエドガーはアランを「ピュア」「無垢(イノセント)」と言っていますよね。
それとセットで「可愛い」も新シリーズの既定路線になり、同時にストーリー上のポイントにもなっているのかなと思います。


「可愛いって自信があるから世の中に甘えてる」。
まさにその通り!
本人は無自覚みたいですけどね。


・・・・・・・・・・・・


他に気になること。


まず、この作品の舞台はどこ?
下のコマの背景がヒントだと思うのですが…

 

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(同7月号より。以下同)


もし実際にあるとしたら、旅行好きの方ならパッと見てわかるような有名な場所でしょうか?
おわかりになる方がいらっしゃいましたら、ご教示頂けると嬉しいです。


それからエドガーの机にある、この置物なんですが…

 

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右のブタは何か意味がある物なのでしょうか。
左の方は何なのでしょう?


そして服。
アランはずっとシンプルなシャツと大きく開いたVネックの無地のセーターを着ていますね。
「春の夢」と「ユニコーン」でも着ていたので、これが新シリーズの定番なのかな。
…と思ったら、今回エドガーも着てる。
え? ペアルック?
スーツと制服以外でペアって初めてじゃないですか?


しかも最後のコマではアランがさりげなくエドガーの膝枕。
これが日常なら、2人は空白の40年間に前より仲良くなってたってことですかね。


・・・・・・・・・・・・


私はこの作品を読み終わった時、8ページ位あったような気がしたのですが、実際にはたった4ページしかなくて驚いてしまいました。
ディテールで楽しませつつ、アランの心情、マダムの人生、エドガーとアランの日常など多くを想像させてくれた素敵な番外編でした。


さて、来月号はいよいよ「秘密の花園」連載再開!
予告はこちら。

 

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「アランの復活を願うエドガー。
その運命の旅の行く先は――!?」


う、美しい!
青いセーラー服姿のエドガーは「春の夢」の表紙にも描かれましたけど、また感じが違いますね。

 

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「アランを求めるエドガーの彷徨。
秘められた物語がふたたび語られる――!!」


エドガーの手の光はエナジーでしょうか。


1年ぶりにどんな話が展開するのかとても楽しみですね!
あ、Vol. 1 を復習しておかなくちゃ。


それで思い出したのですが、この記事のはじめに載せた番外編のモノクロ予告、アランが釣り上げられてますけどVol. 1 で川に落ちてエドガーに救助されたのと関係あるんでしょうかね?


最後に一言。
先生、来月号の予告の絵が明日海さんと柚香さんに見え過ぎるんですが。
ありがとうございます ♪


~2020. 6. 11 追記~

 

作品の舞台についてsatokoさんからご教示を頂きました。
アランの背景に見えるのはロンドンのケンジントン・ガーデンズにあるアルバート・メモリアル(アルバート公記念碑)とのこと!


検索してみましたら、とても大きくて立派な記念碑なんですね。
ヴィクトリア女王の夫、アルバート公の功績を称えるモニュメントなのだそうです。
satokoさん、どうもありがとうございました!!
アランとマダムが出会ったカフェのあるホテルは、その近くかもしれないですね。

 

 

(65)『萩尾望都 作画のひみつ』

このたび新潮社より『萩尾望都 作画のひみつ』が刊行されました。
カバーはこちら。

 

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表側のイラストから察せられるように、この本は昨年の『芸術新潮』7月号の特集を増補・再編集して1冊に仕立てたものです。
(『芸術新潮』については別の記事にまとめていますので、よろしければどうぞ ↓)

(53)『芸術新潮』2019年7月号 - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記


今回、本の大きさは雑誌サイズから小ぶりになり、手に取りやすくなりました。
ページ数は70ページ増えて全160ページに。
ゆとりあるレイアウトで一層見やすくなっています。


本の構成は


1 巻頭(6ページ)
2 グラフ(22ページ)
3 インタビュー(34ページ)
4 アトリエ訪問(4ページ)
5 ライフ・ストーリー(5ページ)
6 忘れがたき編集者との出会い(1ページ)
7 クロッキー帳はイメージの宝石箱(16ページ)
8 小野不由美さんの寄稿(6ページ)
9 年代別に見る画風の変遷(28ページ)
10 美しい物語は美しい本で(5ページ)
11 愛とこだわりのコスチューム(13ページ)
12 ヨーロッパ聖地巡礼Map(8ページ)
13 タイプ別キャラクター名鑑(6ページ)


芸術新潮』から「抄録『斎王夢語』」と「『Manga マンガ』展レポート」がなくなり、代わりに2つのコラム「愛とこだわりのコスチューム」「ヨーロッパ聖地巡礼Map」が追加されました。
また、掲載場所が移動した図版が多数あります。


それでは『芸術新潮』からどのように変わったのか、感想を交えながらご紹介していきましょう。


1 巻頭(6ページ)


表カバーのイラスト「バラの門の番人」制作中の写真4枚。
内3枚は『芸術新潮』で「アトリエ訪問」に掲載されていたもので、先生の写真は別アングルに変わっています。
そしてエドガーの髪を彩色している写真が追加。
まず緑色から塗るんですね!


2 グラフ(22ページ)


芸術新潮』で「巻頭グラフ」として掲載されていたイラスト。
他の章からの移動を含めて8点追加されています。
全くの新規は「トーマの心臓」1ページ目、「恐るべき子どもたち」、「モザイク・ラセン」最終話扉絵の3点。
反対に「春の夢」扉絵は削除され、「ゴシックなふたり」はコスチュームのページに移りました。


3 インタビュー(34ページ)


本文は同じですが「Art」のセクションに参考写真が追加されました。


4 アトリエ訪問(4ページ)


本文は同じですが、先生ご本人や愛猫マイマイちゃん、資料などの写真が増えました。
参考図書や映画ビデオの写真が興味深いです。


5 ライフ・ストーリー(5ページ)


年表から文章形式に変わり、前よりも詳細になりました。
読書歴や旅行歴も書かれています。


6 忘れがたき編集者との出会い(1ページ)


山本順也氏の思い出にまつわる談話。
芸術新潮』のままです。


7 クロッキー帳はイメージの宝石箱(16ページ)


先生のクロッキー帳の一部が公開されています。
乗馬用の鞭を持つエドガーのスケッチが裏カバーに移動し、以下の7点が新たに掲載されました。


① マントを着た最初期のエドガー
エドガーとメリーベル
③ トーマ、ユーリ、エーリク
④「銀の三角」の物語の構造を図式化したスケッチ
⑤「ラーギニー」シグル
⑥ マルゴの表情
⑦ マルゴの全身


この中で②のエドガーとメリーベルは「ポーの一族展」図録に付属のクロッキー帳に収載されていますが、他は載っていません。
個人的には③のトーマとユーリの絵のところに書かれている「トーマの上にユーリの存在が成り立つ」という言葉にハッとしました。


8 小野不由美さんの寄稿(6ページ)


「神域」と題された寄稿。
芸術新潮』のままです。


9 年代別に見る画風の変遷(28ページ)


マルゴの絵がインタビューページから移ってきた以外は同じ内容ですが、レイアウトが整理されたことと作品ごとに番号が振られたことにより、すっきりと見やすくなりました。


10 美しい物語は美しい本で(5ページ)


海外版を含めた美しい装丁の本を紹介するコーナー。
新たに撮影し直されています。
『新装版 斎王夢語』も、ここに入りました。


11 愛とこだわりのコスチューム(13ページ)


新しく企画されたコラムで、これがとっても素敵です!


まず扉絵が『別冊少女コミック』1976年3月号の綴じ込み付録に描かれていた女の子なんですけど、当時から私、この絵が大好きだったんです。

 

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白いレースのつば広帽子にドレス、手袋、そしてクラシカルな白い靴。
ファッションも可愛いし、少女の表情や風と戯れているような姿から物語が浮かんでくるようで。
あ、ちなみに『テレビランド増刊イラストアルバム⑥ 萩尾望都の世界』(1978年 徳間書店)にも載っています。


先生は服飾デザインを学ばれただけに「作品を作るときはいつも、キャラクターに何を着せようかと考えるのが楽しみなんです」とのこと。


そこでこのコラムでは「華麗にして優美な宮廷ファッション」「作品でたどるファッション史 男性編」「同 女性編」「エスニック&オリエンタル」「制服に心ときめく」という5つのカテゴリーに分けて作品中のコスチュームを解説しています。


史実に基づきながらも先生のイマジネーションが加えられた数々のコスチュームは、細かな部分まで丁寧に描き込まれていて見入ってしまいます。
まるで繊細な手仕事の妙を見るような…。


最後の「制服に心ときめく」は「トーマ」や「ポー」の制服好きにはたまりません。


12 ヨーロッパ聖地巡礼Map(8ページ)


こちらも新企画のコラムで、とっても楽しいんですよ!
構成と文は「図書の家」さん。
作品の舞台になったヨーロッパ各地を絵や写真とともに解説するマップです。
コメントは詳しく、まさに聖地巡礼にぴったり!
私も昔、萩尾漫画を通してヨーロッパに出合ったことを思い出しました。


13 タイプ別キャラクター名鑑(6ページ)


芸術新潮』とほぼ同じですが、最後の「猫」の中に「レオくん」のタマ姫が加わりました。

 


…ということで、『萩尾望都 作画のひみつ』は『芸術新潮』を読んだ方にとっても新たな魅力のある1冊です。
帯に「永久保存版!」と謳われていますが、雑誌よりも作りがしっかりしていますしね(決して回し者ではありません)。


個人的には「愛とこだわりのコスチューム」がとても楽しいので、もっと沢山の図版を解説付きで見たいです。
できれば大きなサイズで!
それと「年代別に見る画風の変遷」も大変興味深いので、この2つを統合・拡充した本を作って頂きたいと思うのですが、贅沢過ぎるでしょうか。
新潮社様、ぜひご検討頂けませんか?


★彡 ★彡 ★彡


ところで記事(53)でもご紹介したのですが、インタビューの中に萩尾先生と内山博子先生の次のようなやりとりがあります。


内山先生「作品に描かれていない間、つまり何もドラマが起きていない時、エドガーたちは、どんなふうに過ごしているのでしょう。」
萩尾先生「アランの日常は『一週間』という短篇で描いたことがあります。エドガーは何をしているんでしょうね。本を読んだり、音楽を聴いたり? 吸血鬼だから食事は必要ないはずですが、白いエプロンをつけて目玉焼きなどを作っているようなイメージもありますね(笑)。」
内山先生「それ、番外篇でどうですか?」
萩尾先生「いいですね、日常生活篇(笑)。」


私はここを『芸術新潮』で読んだ時、わー読みたい!!と思ったんですよね。
だって見たいじゃないですか、白いエプロンをつけて目玉焼きを作るエドガーを。
アランは焼き加減にうるさそうだから大変だなー。


なんて思っていると、今月末発売の『flowers』7月号にショート番外編が載るという情報が。
これはきっと日常生活編!


わくわくしながら6月号に掲載された予告カットを見ると、それは期待にたがわぬものでした。

 

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あの、アランが釣られてるんですけど(笑)
友人は「アラン、黒猫のエサ?」などと申しております。


で、よく見ると単に「ポーの一族 番外編」ではなくて「ポーの一族 秘密の花園 番外編」なんですね。
ということは、クエントン館が舞台なのでしょうか。
アーサーのために目玉焼き(←こだわっている)を作るエドガー?
いや、先生は「目玉焼きなど」とおっしゃっていますし、何でもいいんですけど。
彼らの日常ってどんな風なのか、とても楽しみです。


8月号からは、いよいよ連載が再開されます。
秘密の花園 Vol. 2」だと思いますが、まさかの変則技で別のストーリーなんてこともあるのかな?


少し先に楽しみが待っているというのは、とても嬉しいことですね。
先生がお元気で続きを描いてくださいますように。
皆様もお元気で、ご一緒に待ちましょう。

 

萩尾望都 作画のひみつ (とんぼの本)

萩尾望都 作画のひみつ (とんぼの本)

  • 作者:萩尾 望都
  • 発売日: 2020/04/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

(64)「ルルとミミ」「すてきな魔法」~デビュー作と2作目

1969-73年作品の感想シリーズ、今回は萩尾先生のデビュー作「ルルとミミ」と2作目の「すてきな魔法」です。
「ルルとミミ」は『なかよし』69年夏休み増刊号に、「すてきな魔法」は同69年9月号増刊に掲載されました。


2010年に出版された『文藝別冊 総特集 萩尾望都』(河出書房新社)のロングインタビューの中で、先生はデビューのいきさつを次のように語っておられます。


「(同郷の漫画家の)平田(真貴子)さんは『なかよし』に描いていたので『なかよしの編集さんだったら紹介できますよ』と言ってくださって。」


「(投稿して)返却されていた原稿を持って『なかよし』の編集さんに会いに行って。それが専門学校の冬休みだったかな。その担当の人が『絵がかわいいから、かわいい話を描いていらっしゃい。いつまでに送れます?』って聞くので。その時すでに1月の15日だったんですけど『今月中に送ります』と言って。急いで描いて。」


「すごく急いで描いたから線が荒れて。これはちょっと向こうが失望するかもしれないと思って、『次はちゃんと描きますから』とか言い訳いっぱい書いたら『これでデビューさせたいと思うけど、一作しかないと後がないから描きためてください』って言われたので『すてきな魔法』を描いて……。」


当時、先生は20歳のデザイン専門学校生。
こうしてデビューしたものの、その時は嬉しさよりも先行きの不安の方が大きかったそうです。


それでは作品をご紹介 ♪


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「ルルとミミ」

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(『萩尾望都作品集1 ビアンカ』1995年 小学館より。下も同)


デビュー作は20ページでした。
お話は…


土曜日の朝、双子のルルとミミが目を覚ますとママがケーキを焼いていました。
教会でケーキのコンクールがあると聞いて、2人もケーキ作りに初挑戦。
張り切って作ったものの失敗続きで、結局できそこないのケーキをコンクールに持って行きます。
ところが怪しげなキーロックス一行が審査員として現れ、会場は大混乱に!

 

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先生は双子が大好きで双子が出てくる作品を多数発表されていますが、デビュー作からすでに双子が主役ですね。
『なかよし』の読者年齢に合わせて絵もお話も小学生向けに可愛く、コマ割りもオーソドックスです。
絵は服の柄や背景まで細かく描き込まれていて、とても半月で仕上げたとは思えません。
服飾デザインを勉強されていただけあって、ルルとミミの服もおしゃれで可愛いです。


60年代はテレビで日常的にアメリカのホームドラマが放送されていて、日本人がアメリカ文化を知る1つの窓になっていたものでした。
この作品の舞台は特定されていませんし私が読んだのはすでに70年代半ばだったのですが、田舎の中学生の目には同じように新鮮な異文化として映りました。
例えば、こちらは1ページ目。

 

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最初のコマで新聞配達員が新聞を庭に投げ入れているのを見て「外国ではポストに入れないんだ」とか、「土曜日は学校がお休みなのか。いいなあ」とか、「ナッツケーキってどんな味がするんだろう」とか。
今改めて考えると、きちんと考証されていたのだなと思います。


ところで、この作品にはキーロックスという4人組が登場しますが、72年発表の「ごめんあそばせ!」にもキーロックスというバンドが出てきます。

 

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「ルルとミミ」

 

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「ごめんあそばせ!」
(『萩尾望都作品集5 3月ウサギが集団で』1995年 小学館より)


キャラクターがほとんど同じですね!
記事(47)の「ごめんあそばせ!」の感想にも書いたのですが、「キーロックス」とは先生がデビュー前に参加していた同人誌の名前で、もともとはメンバーの方が活動されていたロックバンドの名前だったそうです。
もしかしたらキャラクターにもモデルがいたのでしょうか。


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「すてきな魔法」

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(『萩尾望都作品集1 ビアンカ』1995年 小学館より。下も同)


こちらは32ページの作品です。
お話は…


アンは奇術が得意な女の子。
ある日、同じクラスにジョーイという男の子が転校してきます。
ジョーイはアンよりも奇術が上手く、自分のは魔法だからタネなんてないと言います。
反発するアンでしたが、ジョーイから「魔法の旅」に招待され、彼の家を訪ねることに。
そこで待っていたものは…。


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こちらも「ルルとミミ」と同様に児童向けの可愛い作品です。


ヒロインの名前はアン・マシュー。
赤毛のアン」をお好きな方はピンときますよね?
先生も「赤毛のアン」がお好きなのでアンとマシューの名前を借りたのではないでしょうか。


この作品の見所は8ページに渡って繰り広げられる、ジョーイの家での「魔法の旅」でしょう。
テーブルの上に置かれていたトランプにアンが触れた瞬間に不思議な世界への扉が開きます。
それはさながらアニメと実写を織り交ぜたファンタジックなミュージカル映画のようです。

 

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私は先生の初期作品のミュージカル場面が好きなのですが、2作目で早くもメインになっていたことに驚きます。
特に気に入っているのは人形劇仕立ての場面のブラックな詩。


「花嫁さんが おこったので
花婿さんは逃げ出したとさ
だけど牧師さんは聖書をひらいて たってた」


「二人はなかなか もどってこなかった
それでも牧師さんは聖書をもって まってた」


「そしたら花嫁さんからジャムがとどいた
そのジャムは花婿さんを
おさとうで煮て つくってあった
それで牧師さんは
聖書をとじて かえってしまった」


「かわいそうな かわいそうな
ぼくしさんの お話」


絵が可愛いのでギャップが面白い。
マザーグースかな?と思ったのですが、先生のオリジナルなのでしょうか。


「すてきな魔法」は先生の初のファンタジー作品と言えるかもしれません。


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記事内の作品はこちらで読めます

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「ルルとミミ」「すてきな魔法」

 

ルルとミミ (小学館文庫 はA 44)

ルルとミミ (小学館文庫 はA 44)

  • 作者:萩尾 望都
  • 発売日: 2012/09/15
  • メディア: 文庫
 

 

「ルルとミミ」

 

萩尾望都 少女マンガ界の偉大なる母(文藝別冊)

萩尾望都 少女マンガ界の偉大なる母(文藝別冊)

  • 発売日: 2010/05/14
  • メディア: ムック
 

  

 

(63)「11月のギムナジウム」~もうひとつの「トーマの心臓」

今月は少々出遅れてしまいました。
もし何度か来てくださった方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。


さて、1969-73年作品シリーズ、今回は最近「トーマの心臓」関連の記事が続いたこともあり「11月のギムナジウム」の感想を書いてみたいと思います。

 

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左からフリーデル、オスカー、トーマ、エーリク、(多分)アンテ、右端の子は名前不明
(『萩尾望都パーフェクトセレクション2 トーマの心臓Ⅱ』2007年 小学館より。以下同)


「11月のギムナジウム」は『別冊少女コミック』1971年11月号に掲載された45ページの作品で、萩尾先生の最初期の作品の中では最も有名かもしれません。
それだけに思い入れのある方も多いのではないでしょうか。


皆様もご存じのように、この作品には「トーマの心臓」と同じキャラクターが登場しますが、2つは別の物語です。
そのあたりの事情を先生が『萩尾望都パーフェクトセレクション2 トーマの心臓Ⅱ』に書いておられるので、一部引用させて頂きます。


「実は、趣味で『トーマの心臓』をたらたらとあてどなく描いているうちに、(そのころ仕事もあまり無くヒマでしたので、あてどなく描く話は何作かありました。うちの一つです。)違う枝葉がのびるように、するすると『11月のギムナジウム』という別の話が浮かんでしまいました。
それで、こちらを先に発表いたしました。
短篇なので、当時としては発表しやすかったのです。
キャラが同じなのは、そういう事情なのです。」


ここから先はストーリーを詳しく書いていますのでネタバレNGの方はご遠慮くださいませ。記事の最後に作品が収録されている本をご紹介しています。


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物語は11月の第1火曜日にエーリクがヒュールリンギムナジウムに転入してくるところから始まります。
両親の不和が原因で成績も生活態度も悪くなり、前の学校を退学になったのでした。
転入早々に遭遇したのは、自分とそっくりな少年・トーマ。
しかしエーリクを見たトーマは笑い出し、エーリクはトーマを平手打ちしてしまいます――。


私が「11月のギムナジウム」を読んで最も感じた「トーマの心臓」との違いは、何と言っても「トーマの心臓」では物語の冒頭で死んでしまうトーマが生きて動いていることでした。
この作品はフリーデルやオスカーを含めた少年達の群像劇で主人公はエーリクのように見えますが、私はむしろトーマが主人公のように感じます。


リーデルはトーマを「おとなしくてきれい」な「ギムナジウムのアイドル」で「ポーカーフェイス」、「あんなに なにを考えているかわからない子もいないな…だれに対しても人あたりがよすぎる分だけナゾだね」と評しています。
このあたりは「トーマの心臓」と共通したイメージですが、こちらでは授業を計画的にエスケープしたりオスカーをきっぱりと拒んだりして、幻ではなく生きて意思をもった少年だと実感します。


実は双子のトーマとエーリク。
エーリクと同じ名前だった父は2人が生まれる前に、まだ15歳で亡くなりました。
すでに他の人と結婚していた母が、長く家を空けていた夫に自分達の子だと偽ってエーリクを育てる一方で、トーマは父の実家に引き取られました。
亡き父を兄、祖父母を両親、父の姉妹を姉として。


「…ぼくの命は…とじこもっている
…秘密は…封印された つぼの中…」


家族に愛情をもって育てられたトーマ。
けれど父が残した手紙などから秘密を知っていきます。


でも彼は誰にも言いませんでした。
きっと言ってはいけないと思っていたのでしょう。
家族が自分のためを思って秘密にしているのだから、その愛情に応えるために気づかないふりをしなければならないと。
それが無意識に体に染みついて、学校で「ポーカーフェイス」と言われる子になったのかもしれません。


でも心の中は苦しかったはず。
もし生き別れになった兄弟がいることも知っていたのなら自分の気持ちをわかってくれるのではないかと思っただろうし、母のもとにいる兄弟が羨ましかったかもしれません。
エーリクに初めて会った時、その顔と名前、亡き父ゆずりの巻き毛からすぐに兄弟だとわかったものの、気持ちは複雑だったのではないでしょうか。
笑ったのは運命のいたずらに対してだったのかな、という気がします。


草地でエーリクと2人きりになった時、トーマはエーリクに握手を求めますが拒否されます。
もしこの時エーリクが応じていたら、トーマはどんなにか救われただろうと思います。


だけどエーリクにしてみれば、第一印象が最悪だった相手。
それにオスカーに仕返しさせたと思っているし、泣き顔まで見られたのですから握手なんてするわけがありません。
トーマもエーリクが何も知らない様子なので、まだ話す時期ではないと思ったのでしょう。


そして雨の中、エーリクのふりをして母の顔を見に行くトーマ。
初めての母のキス。
でもエーリクではないと言えない。
雨に打たれながら街灯の下で嗚咽する姿が切ないです。


肺炎になり、家族への最期の言葉は「ごめんよ」でした。
「ありがとう」ではなく「ごめんよ」。
それは死んでしまうことに対してでしょうか。
それとも自分の存在そのものに、だったのでしょうか。


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この作品はトーマ以外の少年達もしっかり描かれています。


エーリクは「トーマの心臓」ほどには甘えん坊ではありませんが、直情的で意外と素直で可愛い。
転入してきた時、エーリクは自分の出生の秘密を何も知りませんでした。
そしてすべてを知った時、トーマはもうこの世にいませんでした。


トーマが死の床で自分の名前を呼んでいた。
1人で抱えるには重過ぎる秘密をずっと胸に秘めていた、双子の兄弟が…。


「なぜ言わなかったんだろう
なぜそれを ぼくにもくれなかった
なぜ一人で しまっていたんだ!
なぜ一人で ママに会いに来たんだ!」

「草地での…
あの一瞬だけが…
二人だけの世界だった
――トーマ…」


きっとエーリクはトーマの家を訪れて、生前の彼の様子をもっと知ることができるでしょう。
そしてその心を感じながら、この先ずっと生きていくことになるのだろうと思います。


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オスカーは不良っぽいですが、トーマの訃報を聞いて1人で温室(?)で追悼しているところが温かいし、やっぱりかっこいい。
リーデルは親切で友人思いで、ユーリもサイフリートの事件前はきっとこんな委員長だったんだろうなと思います。
ローマ字で「トーマの心臓 ユリスモール」と書かれているコマがあるので、ご紹介。
隣のコマには「ページが足りない!」と書かれています。

 

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右のコマ/“TOMA NO SINZOU”YURISUMOURU
左下のコマ/PEZI GA TARINAYI !


他に、扉絵の右から2人目の子は、フリーデルのセリフの中に「アンテ」という名前が出てくるので多分アンテなのでしょう。
また、「小鳥の巣」のテオに似た子もチラッと登場しています。

 

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絵の面で私が特に印象に残ったのは、2つ上の画像のすぐ下にある、こちらのコマでした。
たった1コマでセリフも全くないのに、これだけでトーマが重篤だと表現してしまっていて、すごいと思いました。

 

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冒頭のコマの、雨の中の堅牢な校舎と門に佇むエーリックのシルエットは、何度か出てくる雨の場面やラストシーンとリンクしているように感じます。

 

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それからフリーデルがトーマとエーリクの出生について語る場面で、2人の父の姿が繰り返し何度も描かれているのも映像的で好きです。


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私は詳しくないのですが、今は少女漫画に「ギムナジウムもの」というジャンルが確立しているそうですね。
この作品は、その先駆けと呼べるでしょうか。


寄宿学校という閉じられた世界での1か月の物語。


晩秋の冷たい雨と木枯しの音

教室のざわめき

生徒達が歩き走る靴音

日常的な小さな騒ぎや悪ふざけ

好奇心と憧れ

人けのない週末

やり場のない苛立ち

微熱をもった孤独

傷ついて流す ひそやかな涙…


――「11月のギムナジウム」からは思春期の少年達の息遣いが聞こえてくるようです。


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この作品はこちらで読めます

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11月のギムナジウム (1) (小学館文庫)

11月のギムナジウム (1) (小学館文庫)

  • 作者:萩尾 望都
  • 発売日: 1995/11/17
  • メディア: 文庫