亜樹の萩尾望都作品感想ブログ

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(87)1970-71年イラスト集①

以前からポツポツと萩尾先生の初期作品の魅力を勝手に語らせて頂いておりますが、今月と来月は1970年と71年の雑誌に掲載されたイラストをご紹介いたします。


今月は『なかよし』『週刊少女コミック』『週刊少女コミック増刊』のイラストです。


特に記載のない限り出版元は小学館です。
古い雑誌のコピーの画像ですのでコンディションは良くありません。どうぞご了承ください。
このイラスト集はファンの方に個人的に楽しんで頂きたいと思って作りました。萩尾先生ならびに出版元様より削除のご要請がありました場合は速やかに削除いたします。

 

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『なかよし』(講談社

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1970年2月号

 

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「クールキャット」のカットです。
萩尾先生は『なかよし』69年夏休み増刊号に掲載された「ルルとミミ」でデビューされました。
その後「すてきな魔法」(69年9月号増刊)を経て、3作目が「クールキャット」です。


こちらのカットは掲載誌の読者ページ「なかよし新聞」に載っていたもので、編集部からの「おたよりや、にがお絵をたくさん送ってね」などというコメントが書かれています。

 

1970年(2022. 3. 29 追加)

 

(『テレビランド増刊イラストアルバム⑥萩尾望都の世界』1978年 徳間書店より)


「ケーキ ケーキ ケーキ」のカットです。
この作品は『なかよし』1970年9月号と10月号の別冊付録だったので、本誌の方に載った予告カットかもしれませんが未確認です。

 

1971年4月号

 

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「ジェニファの恋のお相手は」の合同扉です。
「エイプリルフール特集 うそからでたまこと競作」って面白いですね。


ちょっとびっくりなのですが、発表時のタイトルは「ジェニファのおあいては」でした。
この作品は『週刊少女コミック』73年41号に再録されましたが、その時に改題されたようです。

 

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『週刊少女コミック

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1971年2号

 

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翌週の3・4合併号に掲載の「ベルとマイクのお話」の予告です。
アオリは


「31ページ
本誌初登場!! 萩尾望都先生
少女のふるえるような初恋とは」


「ベルとマイクのお話」は小学館の雑誌に初めて載った作品なので、この予告が小学館における記念すべき初カットだと思います。

 

1971年38号

 

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翌週号に掲載の「もうひとつの恋」の予告。
アオリは


「長編よみきり劇場 40ページ
快活な少女ジョンバインが、はじめて恋を知り、そして…
――ジョンバイン泣かないで 君は女の子 夢をごらんよ――」


えっ、この絵もアオリもびっくりです!
だって読んだことのある方はご存じでしょうけど「もうひとつの恋」ってコメディなんですから!
それに主役はジョンバインより、むしろ弟のビッキーですから(上の男の子はビッキーではありません)。
この予告の時点では一体どんなストーリーになる予定だったのか気になります。

 

1971年45号

 

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綴じ込み付録の香水入り花嫁カード。
5人の先生方がイラストを描かれていて、こすると白檀のような香りがします。
花嫁のうち3人はドレス姿で、すずき真弓先生と萩尾先生が和装のイラスト。


萩尾先生のものだけ裏面に詩が書かれています。


「長女のくせに一番チビで
いつも片想いばかりしてて
絵本が好きで
智恵子抄に泣いて
……姉さん……姉さん
お嫁に行くの
――しあわせにね
これしかいえない
――しあわせにね
  しあわせにね
――萩尾望都――」


とても物語を感じさせる詩ですよね。
何か作品のアイデアがあったのでしょうか。
それとも、ご自身のお姉様のイメージ?

 

1971年49号

 

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カレンダーの全員プレゼントの広告です。
萩尾先生の絵は民族衣装が細部まで丁寧に描かれていて素敵ですね。


このカレンダーは「週刊少女コミック躍進特別企画」で20人以上の先生方が筆を執っていたようです。
下の方に芸能人の顔写真が付いているため画像はトリミングしています。

 

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『週刊少女コミック増刊』

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1971年春の号

 

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巻頭カラーの「花嫁をひろった男」の扉絵です。
アオリは


「長編よみきりサスペンスコメディ
うらないを信じてミニのウエディングの
花嫁をひろった青年オスカーは…」


この作品は73年の『週刊少女コミック増刊フラワーコミック春の号』に再録されたのですが、その時に下のカラー扉絵に差し替えられました。

 

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この時は「萩尾望都作品集」として掲載されたので「ケネスおじさんとふたご」「精霊狩り」との合同扉になっています。
そしてこの扉絵は『萩尾望都作品集2 塔のある家』所収版でもモノクロで使われています。


更に別のモノクロバージョンもありました。

 

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(『プチコミック』1977年創刊号より)


並べてみると絵がずいぶん違いますね。


また、71年の「花嫁をひろった男」の本編内には『別冊少女コミック』5月号に掲載の「かわいそうなママ」の予告カットも挿入されていました。

 

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アオリは


「あなたのハートによびかけるけっ作!
かわいそうなママ
別冊少女コミック5月号(4月13日発売)
少女まんが界の詩人・萩尾望都先生がおくる長編よみきりまんが」


「少女まんが界の詩人」って先生にぴったりですね。

 

1971年夏の号

 

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イラスト入りTシャツが各5名、計35名に当たるプレゼント企画です。
不鮮明なのですが、右の女の子が着ているイエローのTシャツが萩尾先生のイラストのようです。


上に並んでいる絵と2種類あるのかなと思ったのですが「少女コミックファンのあなたのために、先生がたがじかにシャツにかいてくださったのよ!!」と書かれているので、もしかして5枚全部直筆の違う絵柄だったのでしょうか。
だとしたらスゴイ!

 

1971年冬の号

 

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巻頭のクリスマスソングイラスト集です。
まるで外国の児童文学の挿絵のような雰囲気ですね。


71年頃の子どもにとって欧米の文化はまだ見ぬ憧れの世界で、本を読んであれこれ想像してはワクワクしたものでした。
例えばクリスマスには家の中にツリーを飾って、その下にプレゼントを置くとか。
暖炉のそばに靴下を吊るすとか。


当時を思い出して懐かしさを憶えます。
同世代の方には分かって頂けるでしょうか。

 

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次回は1971年の『別冊少女コミック』に掲載された予告カットをご紹介いたします。

 

 

(86)「キャベツ畑の遺産相続人」~初期コメディの決定版

萩尾先生の初期作品をご紹介するシリーズ、今回は「キャベツ畑の遺産相続人」。
私の中では「3月ウサギが集団で」と並ぶ初期コメディの決定版です!

 

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(『萩尾望都作品集10 キャベツ畑の遺産相続人』1995年 小学館より。以下同)


「キャベツ畑の遺産相続人」は『週刊少女コミック』1973年15号に「創刊3周年記念特別企画40ページジャンボよみきり」と銘打って掲載されました。
当時先生のお住まいの周辺にはキャベツ畑が広がっていて、アシスタントをなさっていた佐藤史生先生のアイデアから生まれた作品だそうです。


そういえば「3月ウサギが集団で」も「カリフラワー畑と住宅地のどまん中に美月中学はある」というフレーズから始まっていましたっけ。
「3月ウサギが集団で」は記事(47)でご紹介しましたが、あちらが日本の学園コメディだったのに対して、こちらは架空の町を舞台にしたファンタジックコメディです。


さて、お話は… ♪


ここはグリン・グリン町の、はずれ番地。
キャベツ畑とカリフラワー畑の真ん中にポツンと建つ一軒家に、男の子がネコを連れてやってきます。


男の子はター・ブー。
育ての親のグレープルが行方不明になり、この家に住む3人のおばさんのところに遺産として送られて来たのでした。


ところが、おばさん達は実は魔女。
名前はジョージィにポージィにプリン。
3人が魔女だということは、すぐにター・ブーに知られてしまいます。


ター・ブーはポージィの変な魔法のせいで学校では罰をくらうし、家では実験台にされたりキャベツの大群の襲来を受けたりと、さんざんな目に。
おまけにクラスメイトのミミィの父である校長先生がウサギに変身する現場まで目撃します。


その校長先生がプリンに一目惚れしたことが、町じゅうを危機に陥れる騒動に発展!
あわやという時、ター・ブーは秘密の力の封印を解いて…。


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私はこの「キャベツ畑の遺産相続人」と「3月ウサギが集団で」が大好きで何度も読んだものでした。
どちらもとても楽しいですが、こちらの方がファンタジーだけにハチャメチャ度が高いかな。


でも作品の魅力は共通している気がします。
それは突き抜けたキャラクターと弾むようなテンポ。


まずは個性豊かな登場人物をご覧ください。


ター・ブー ジョージィ ポージィ プリン

 

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手前がター・ブー。
バッグからのぞいているのはネコの尻尾です。


3人のおばさんは真ん中がジョージィ、左がポージィ、右がプリン。
姓がパイ・シュトラッタなので3人合わせるとジョージィ・ポージィ・プリンにパイ。
「一週間」でアランが歌っていたマザー・グースです。
また、ポージィは佐藤史生先生がモデルだそうです。


ミミィ 校長先生

 

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ミミィはター・ブーが気になるけれど気持ちを素直に言えません。
校長先生は驚くと筋肉が縮んでウサギになります。
亡くなった妻だけをずっと想い続けてきましたが、異変が…。


グレープル

 

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ター・ブーの育ての親。
楽家なのに、なぜか地質研究に出かけて行方不明に。
ちなみに「クールキャット」にも、顔が似ている音楽家のグレープル氏が登場します。


ごさくどん はっつあん

 

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左がごさくどん、右がはっつあん。
広い畑の主で、キャベツとカリフラワーの出来さえよければ文句はない人達。

 

これらのキャラクターが自由自在に動き回って畳みかけるようにドタバタが続き、最後には亜空間が発生!
死んだと思われていたグレープルや宇宙人まで現れてハッピーエンド。
途中ちゃんと息をつける場面もあってメリハリがきいています。


萩尾先生の漫画って1コマもムダがないなあといつも思うんですけど、この作品も話があっちこっちの方向へ行くものの最後にうま~くまとまっちゃう。
今の「ポーの一族」新シリーズを読んでいると膨らんだエピソードが最後に見事に収束する様に驚きますが、デビュー間もない頃の作品からすでにそうだったなんて恐れ入りました。


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でも、ちょっと不思議に思うこともあるんです。


おばさん達の中でポージィは魔法書を見ながら実験しては失敗を繰り返していますが、ジョージィとプリンは魔法らしいことを何もしていないような?
空は飛んだけど、あれは事故みたいなものだし…。


あっ分かった。
教室で傘が開いたのがプリンの魔法なんですね!←自己完結


ター・ブーは超能力の持ち主です。
ター・ブーのお父さんは亡くなる間際にター・ブーの力を封じ込めました。
ということは、お父さんも超能力者?


おばさん達はター・ブーのお父さんの血縁なのかな?
このあたりの関係が特に説明されてないんですよ。
グレープルは普通の人間みたいだからお父さんの友人だったのかなと思うんですけど、どうでしょうか。


ところで前の記事(85)で『萩尾望都 SFアートワークス』(2016年 河出書房新社)に載っている「あそび玉」についての先生のコメントを引用させて頂きました。
「あそび玉」はジョン・ウィンダムの『ソンブレロ』を読み、超能力者が差別され迫害されるというテーマの話を描きたいと思って描いた作品とのことでした。


『一度きりの大泉の話』(2021年 河出書房新社)には、その話がもう少し詳しく書かれています。
それによると超能力を持った新人類は排斥されるという設定で色々な話を考え、「キャベツ畑の遺産相続人」や「精霊狩り」シリーズもそのバージョンだそうです。


最後にこの作品の個人的なツボを。



ター・ブーが可愛い。
「とってもしあわせモトちゃん」のジョニーウォーカーくんもそうですけど、この頃の小さい男の子の絵が可愛くて大好きなんです。



ポージィが畑からキャベツを1個呼び寄せるたびに畑じゅうのキャベツが押し寄せて来るところ。
そして、おとなしく帰るところ。



ごさくどんと、はっつあん。
全てがツボ。


もし共感してくださるお仲間がいらっしゃいましたら嬉しいです。


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記事内の作品はこちらで読めます

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「キャベツ畑の遺産相続人」

 

 

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1969-73年作品の過去記事はカテゴリー一覧からご覧いただけます。よろしければどうぞ。

1969-73年作品 カテゴリーの記事一覧 - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記

 

 

(85)「あそび玉」「6月の声」~初の本格SF

2022年が始まりました。
今年も萩尾先生がお元気に作品を描いてくださいますように。
そしてこのブログを訪問してくださった皆様にとりましても、昨年より良い年になりますよう願っております。


さて、何となく気付いていた方もいらっしゃるかもしれませんが、これまでこのブログでSF作品を取り上げたことはありませんでした。
それには理由がありまして、恥ずかしながら私、SFの知識が皆無なんです。


もちろん萩尾先生のSF漫画は大好きなんですよ。
「11人いる!」は最高だし「スター・レッド」やブラッドベリのシリーズも面白く読みました。
ただ、そこから先に進まなかったんです。


萩尾漫画を入口にSF好きになり、小説も読み始めて世界を広げた方は大勢いらっしゃいます。
私の場合、一応『タンポポのお酒』を読もうとしたものの早々に挫折(汗)


思えば小学生の頃から理科が苦手でした。
実験は意味が分かっていなかったし、物理や地学とは一生付き合いたくないと思っていました(理系の方、どうもすみません)。
ついでに数学も苦手。
つまり理数系のセンスゼロ人間なんですよ。


だから下手にSF作品について書いたりしたら「おまえは何も分かっとらん!」的な叱責の矢が方々から飛んで来るんじゃないかと怯えてまして。←こんな僻地のブログのくせに


でもでも、SFオンチにも萩尾漫画は面白いから紹介したい!
という訳で、さんざん言い訳を書き連ねましたが、今回は萩尾先生の初期SF作品「あそび玉」と「6月の声」をご紹介いたします。


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「あそび玉」

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「あそび玉」は『別冊少女コミック』1972年1月号に掲載された31ページの作品で、少女漫画初の本格SFと目されています。

 

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(『萩尾望都作品集 第Ⅱ期9 半神』1995年 小学館より。下も同)


ストーリーは…


ティモシーの学校では「あそび玉ゲーム」が流行っていた。
あそび玉とはビー玉のようなガラス玉で、重心を少しずらして作られている。
9つの玉を輪の形に並べ、離れた場所から1つを指で弾いていくつ当てられるかを競い、すべての玉がぶつかり合うとストライクになる。


ある日、ティモシーは19回連続ストライクを取り、自分の意思であそび玉を動かせることに気付く。
だが母に話すと、母は真青な顔で、それはいけないことだから二度としてはならないと命じるのだった。


しかしティモシーはなぜダメなのか理解できず、クラスメイトの前であそび玉を自在に動かして見せる。
するとそれを見た教師が、超能力者がいると中央指令室に通報した。


ティモシーは下校途中、ある上級生から、かつて同じようにあそび玉を動かして見せた生徒の話を聞く。
その子は病院に送られ、1か月後に死んだという。


家には昼なのに珍しく父がいて、見知らぬ客が来ていた。
客は両親に何かを渡して帰っていった。


翌日、ティモシーは学校で倒れる。
意識が戻った時はベッドの上で、救急車を呼ぶ声が聞こえた。


危険を察知して逃走するティモシー。
いったんは超能力者に助けられるが、その後、彼を探しに来たサイボーグに出会い、驚くべき話を聞かされる。
そして――


・・・・・・・・・・・・


萩尾先生のSF原画展の図録『萩尾望都 SFアートワークス』(2016年 河出書房新社)には、「あそび玉」の原画と共に次のような先生のコメントが掲載されています。


「この作品を描いた時、佐藤史生さんからヴァン・ヴォークトの「スラン」を読んだのかと聞かれたのですが、ジョン・ウィンダムの「ソンブレロ」という短編を読んだのです。
超能力者が迫害される、すごく怖い話でした。
超能力者が差別され迫害されるというテーマの話を描きたいと思っていました。」


ティモシーが生きているのは、コンピュータシステムによって統制された静かで平和な社会。
そこでは「超能力」という言葉自体がタブーであり、超能力者はコンピュータに組み込めない思考を持っているという理由で密かに処刑されるのです。
そしてここでは、80年前に人間と超能力者の間で最終戦争があり大勢の人が死んだ話もタブーとされています。


行き場を失くしてティモシーは考えます。


「――学校が
―――家が
――社会そのものが
ぼくをつかまえ つれていき
消してしまおうとしている…

…何と静かで平和な社会
…異端者は種子のうちに つみとられる
…だれも知らないうちに

善良で豊かなコンピュートピア

…それにしても
あそび玉ひとつで
社会のシステムは くずれるのだろうか」


完全な社会システムを維持するために、水も漏らさぬよう異端者を見つけて排斥する。
都合の悪い事実を隠蔽する。
でも人々は、それが良い目的のため、自分自身の安全のためだと思い、黙して従う。


もう50年前の作品ですが、当時よりもむしろ今の方が、この不気味さを身近に感じるような気がしてドキリとします。


ラストは希望を抱かせる終わり方で、ティモシーは地球(テラ)という遠い惑星の名を聞きます。


「地球…!
テラ?
どこかで きいた
だれの なまえだったか」


そうして私達は、ティモシーを助けてくれた女性がティラという名前だったことを思い出します。
超能力をひた隠し、正常人のふりをして暮らしているティラ。


超能力者ではなくても不当な差別によって息をひそめて生きている人は、自分が見えていないだけで周りにもいるのではないか。
そんなことを考えました。


ところで、この作品は長い間「幻の名作」と言われてきました。
なぜなら雑誌掲載後に原稿が紛失し、長く単行本化されなかったからです。


1980年に活版のゲラ刷りから起こして『少年/少女SFマンガ競作大全集PART5』(東京三世社)に収録されたものの汚れがひどく、それを苦労してホワイトで修正して1985年にようやく『萩尾望都作品集 第Ⅱ期』に収録されました。
萩尾望都作品集』には、そのエピソードも掲載されています。

 

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私はこの『萩尾望都作品集』を数年前に入手して初めて読むことができ、少しも古さを感じさせないことに感動しました。


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「6月の声」

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「6月の声」は「あそび玉」から5か月後の『別冊少女コミック』1972年6月号に掲載された31ページの作品です。

 

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(『萩尾望都作品集14 続・11人いる!東の地平 西の永遠』1992年 小学館より。下も同)


ストーリーは…


ルセルは10歳の時に宇宙関係の仕事をしていた両親をロケットの接触事故で亡くし、おじに引き取られた。
年上のいとこエディリーヌは優しく美しく、ルセルは恋心を抱く。


4年後。ルセル14歳、エディリーヌ20歳。
突然エディリーヌが太陽系外惑星移民団に加わるという報が入る。
それは2万人がロケットの中で冬眠を続けながら、何十年何百年の時をかけて新しく開発する星を探す旅。


ルセルはエディリーヌの婚約者ロードも一緒に行くものだと思っていた。
ロードは移民団のロケットの第一設計士であり、ロケットに「エディリーヌ号」と名付けた人だから。
しかしロードは行かないという。


移民団のメンバーは5年前から決まっていたが、そのうちの4人が事故で亡くなったため、急遽追加メンバーが選ばれたのだった。
エディリーヌはロードと愛し合っていたはずなのに、なぜ1人で行ってしまうのだろう?
不思議がるルセルをエディリーヌはピクニックに誘った。


岬で風の歌を聴きながらエディリーヌは言う。
地球には季節季節に声があり、6月の今は世界中がジュテームと語りかけているのだと。
自分は地球が一番美しい6月に行くのだから、宇宙のどこへ行ってもジュテームという声を聞くのだと。


ルセルはロードを訪ね、移民団に加わってもらおうとする。
けれどそこでエディリーヌが旅立つ理由を聞かされるのだった――


・・・・・・・・・・・・


この作品は1コマ目からインパクトのあるセリフで始まります。


「エディリーヌが外庭の芝刈り機を押すつもりだ!
どういうわけだ」

 

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これは萩尾先生の造語で、中庭が太陽系、外庭は太陽系外。
「外庭の芝刈り機を押す」で「太陽系外への移民団の船に乗り込む」といった意味です。
これについて『萩尾望都 SFアートワークス』に先生のコメントが載っています。


「「外庭の芝刈り機」というのは、その頃の海外のSF小説に、何かを表す隠語というのがあって、それが面白いと思って。でももっとかっこいい名前にすればよかったかも?」


私がこの作品を読んだのは中学生の時で、完全なSF作品というよりは、SF要素のある少年の切ない恋物語と受け止めていました。
ちょうどルセルと同じ年頃だったので感情移入しやすかったし、彼が静かに涙を流しながら「行かないで…」「ぼくも行く」とエディリーヌにすがる場面が好きだったからです。
それにジュテームのくだりなど、全体に詩的な雰囲気を感じていました。


今改めて読むと、ルセルの恋が主軸ではあるけれど大人の恋愛もきっちり描かれていることに気付くし、かつては空想に過ぎなかった宇宙への移住が、もはや非現実的な夢物語ではなくなっていることに軽く驚いたりします。


エディリーヌは婚約者がありながら別の男性と短くも激しい恋をして、恋人の遺志を継ぎ宇宙への旅立ちを決断します。
それは一途で純粋な20歳の若者ならではの選択とも言えるでしょう。
でも、その決意には過去に囚われているだけではなく、未来への希望が込められています。


「きっとわたしは
宇宙船の中で結婚するわ
そうして遠い遠い未来に……
あなたたちの地球の子孫が
どこかの星にしるした
わたしたちの足跡を見つけるわ
そしてメッセージをうけとるのよ――」


両親をロケット事故で亡くしたルセルにとって、宇宙は死と隣り合せの暗黒の世界。
そんな彼方へと初恋の人が旅立ってしまう。
もう二度と会えない――。


「6月の声はジュテームじゃない
さよなら…だ
永遠(とわ)のさよなら」


ラストシーンは涙を流すルセルのアップにオーバーラップして、ロケットの発射を見送ろうと歓声を上げて走る、光の中の少年少女達。
その中には上空を見据えたようなルセルの姿も。


美しい地球を離れて、人はなぜ暗く寂しい宇宙へ向かうのか?
物語の中で幾度も繰り返されるルセルの問いに答えは出ないけれど、明日への希望がにじむラストです。


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記事内の作品はこちらで読めます

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「あそび玉」

 

 

「6月の声」

 

 

萩尾望都 SFアートワークス』

 

 


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1969-73年作品の過去記事はカテゴリー一覧からご覧いただけます。よろしければどうぞ。

1969-73年作品 カテゴリーの記事一覧 - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記

 

 

記事(15)に追記しました

ポーシリーズの年代順作品リストに「ユニコーン」と「秘密の花園」を加えました。
よろしければご参考までにどうぞ。

(15)この作品は、いつ頃のお話?~⑤ポーシリーズ年代順作品リスト - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記

(84)フラワーコミックススペシャル『ポーの一族 秘密の花園2』

秘密の花園」の連載が終了してすぐにコミックスの第2巻が発売されました。

 

ポーの一族 秘密の花園(2) (フラワーコミックススペシャル)

 

カバーイラストは『flowers』2020年7月号に掲載された連載再開予告時(Vol. 2)のものです。
個人的に好きな絵なので嬉しい ♪
第2巻にはVol. 6 から10 までと、後日譚「満月の夜」が収録されています。


私が気付いた範囲で掲載誌からの変更点は、Vol. 7 で馬に乗るエドガーの小さな絵に靴が描き加えられていました。
文字は表記の閉じ開きが変わったところがありますが、言葉の変更はなかったようです。


私はVol. 10 のセスのセリフ「大学で父が学生になぐられて大ケガをして…ケンカした学生って…あなただったんですね」の「父」(グローブ氏)が「兄」(セシル)の誤植ではないかと疑って前の記事にも書いていたのですが、ここも変更されませんでした。


ということは「アーサーが大学でグローブ氏を殴って大ケガをさせた」で正しかったのですね。
疑ってしまい大変申し訳ありませんでした。


連載時にこのセリフを読んだ時、私はアーサーが卒業直後に父を殺すつもりで家に行った話かなと思ったんです。
でもよく考えてみると、その時グローブ氏は留守だったので会っていないんですよね。


改めて読むとVol. 6 でパトリックが「アーサーの大学時代なんて悪い話しか聞かないぞ! 父親を殺しかけたんだもんな!」と言っているし、Vol. 9 では婦長が「殺されかけたっておっしゃってたじゃない」と言っているので、具体的なことは描かれていないけれどそういう事件があったんですね。


それも「鬼」と言われていた所以なんだなと今更ながら思いました。


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さて、ここからは1巻と2巻を通して読んだ感想を書いていきたいと思います。


連載時に私が一番わからなかったのは、アーサーがなぜポーの一族に加わろうと決めたのか?ということでした。
そしてそれは今も、はっきりとは分かりません。


アーサーの人生は苦しみの連続でした。
主な出来事を書き出してみると


5歳の時に事故で半死半生となり父に捨てられる。

母は厳しく、愛された思い出がない。(byクラウディア先生)

パトリシアを好きだったが容貌を気にして告白できない。

16歳の時、本人が知らない間にパトリシアの祖父母が結婚の申し込みに来るが、母が断る。

パトリシアはアーサーに愛を告白する手紙を書くが届かない。パトリシア結婚する。

父が別の女性と家庭を持っていたため両親が離婚。

17歳の時、母が自殺。

大学時代は荒れる。父を殺しかける。鬼と呼ばれる。

ダイアナが妊娠し、流産させるつもりがダイアナまで殺してしまう。罪の意識。

大学卒業直後、父を殺して自分も死のうと家まで行くが留守。
偶然再会したパトリシアのために小犬を引き取ってから、死ぬことも殺すことも考えなくなった。

9年後パトリシアに再会。互いに愛していながら結ばれない。

ダイアナの弟ダニーにダイアナを殺したことを告白するが、子どもの父親が自分ではなかったと聞かされる。

結核を患い死期が近づく。


いや、これでは人間をやめたくなるのも無理ないですよね。
絶望のあまり「エルフになりたい」と真剣に望むアーサー。


けれど療養所でセスの看護を受けて気持ちに変化が生まれます。
憎んでいた父の家族も自分と同じように苦しんでいたと知り、ある点では父を認めるようになる。
更にパトリシアと夢の言葉で永遠の愛を交わし、想いを遂げることもできました。


それなら穏やかな気持ちで人間として死に、天に召されても良かったのに、なぜ一族に加わったのか。
アランが言ったように、仲間になるということは怪物になるということで人間界には戻れないのに。


パトリシアの永遠の愛を胸に生き続けたかった?
エルフになってみるのも面白いと思った?
エドガーに惹かれていたから?
母の願いだと思ったから?


うーん、どうもピンとこないなあと思っていたのですが…。


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フラワーコミックススペシャルのカバーの折り返しには、いつも萩尾先生の短いメッセージが書かれています。
第2巻のメッセージのタイトルは「そして、花園へ」。
文の中には次のような言葉がありました。


「アーサーが望んでいた愛は夢のように現れては消えていく。
彼は人間として生きたいのか、エルフになりたいのか。
己の罪、己の贖罪を告白し、アーサーは子供時代の無垢な花園に帰っていきます。」


子ども時代の無垢な花園に帰る。
あ、もしかしてこれが一族に加わった理由では?


そう思って読み返してみると、花園=庭についての言葉は作品のそこかしこに出てくるんですよね。


ブラザー・ガブリエルにとってはメリッサのいた中庭こそが探し続けていた「天国の庭」でした。
それは天使がやってくるような美しい庭。
回廊で囲まれ、オレンジやリンゴやレモンの木があり、中央には清らかな泉。
白いクジャクや毒ヘビがいる庭…。

 

アーサーにとっても、そこはドミニクという無垢な天使が住む庭でした。


ドミニクはアーサーの初めての友達。
事故の後遺症で体が弱く、両親に見捨てられたアーサーにドミニクはいつも優しく、幼い2人は「身をよせあう小さな雛鳥」のようにして1日中庭で遊びました。


10歳の頃にブラザーが来るとアーサーの体も次第に回復。
ドミニク、マルコ、ブラザー、パトリシア、祖父母に囲まれて成長した子ども時代は不幸ではなかった、とアーサーは述懐しています。


考えてみればドミニクと出会ってから13歳でロンドンの寄宿学校に入るまでが、アーサーの人生で唯一の幸せな時代だったのではないでしょうか。
そしてその思い出は美しい庭と結び付いているのです。


中でもドミニクと2人で過ごした幼年時代は特に懐かしい思い出として、たびたびモノローグに出てきます。


「(ランプトンの絵を描いていると)
子供の頃の…
永遠の時間に たちもどってしまう…
父と母に捨てられていたぼくを
この庭でドミニクが拾ってくれた
そうなんだ…ドミニク…」
(Vol. 6)


「不思議だ
エルフが人間のそばにいて
私は絵を描いている
絵を描いていれば
子供の頃の庭にたちもどれる……
ずっとランプトンを描いていたい」
(Vol. 7)


療養所に入ってからも


「ミツバチ 小鳥…
ドミニクがいた庭…
私には思い出と庭があるじゃないか
やっぱりあの庭に帰りたい…」
(Vol. 9)


永遠の時間を過ごした、あの庭に帰りたい。
子ども時代の無垢な花園に帰りたい。


その望みがポーの一族に加わることで叶うのか、私には分かりません。
それでも彼はエルフになって「天国の庭」で永遠の時を生きたかったのかな、という気がしています。
ドミニクを思い起こさせる青い瞳のエドガーと共に。


この作品のタイトルは「秘密の花園」。
アーサーとドミニク。
ブラザーとメリッサ。
パトリシアとアーサー。
アーサーとエドガー。
いくつもの秘密が、ここで交わされたのですね。


そして、その花園の象徴がバラのアーチなのでしょう。
ラストシーンの新しいバラのアーチを見ると、いつかエドガーとアランがここを訪れる日が来るような気がします。
このイラストのように。

 

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「バラの門の番人」
(新潮社『芸術新潮』2019年7月号)


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そのほかの主な感想。


秘密の花園」はポーシリーズの中で最も長い作品になりました。
旧シリーズは全て短編と中編でしたし「春の夢」と「ユニコーン」も単行本1冊分だったので一気に倍の長さです。


萩尾先生はどうしてこんなにページを費やしたんだろう?と考えると、やはりアーサーの心の動きを丁寧に描くためだったんじゃないかなと思います。


一族に加わる時、エドガーは突然であらがえなかったし、アランもそれ程ためらわなかったし、メリーベルに至ってはほとんど衝動的でした。
でも時間をかけて選択できるなら、たいていの人間は葛藤するはずで。
特に分別のある大人なら。


その姿を初めて追って見せてくださったのが、この作品なのでしょう。
もちろん先生の意図するところは他にもあったでしょうけど。


また、アーサーだけでなくパトリシアの心の動きも細やかに描かれていて、1人の女性として魅力的でした。


連載時にはあまり気に留めなかったのですが、Vol. 4 でブラザーに「(聖バルバラのように)あなたも最後まで戦う人です」と励まされて「私 何があっても強く戦います!」と宣言する場面を読んで、自分の意志を貫く女性であることを暗示していたのかなと思いました。


それからエドガー。
エドガーがアーサーを後見人にと望んだのは、アーサーに惹かれていたことも大きな理由ですよね。
「春の夢」のラストでアランがエドガーに言った印象的な言葉があります。


「きみは壊れた時計が好きなんだ
だから ちょっと壊れた人間のそばに
いたがるんだ」


この時はブランカやノアを指していたのですが、「秘密の花園」を読んで「ちょっと壊れた人間」とはエドガーに近い孤独を抱えた人なんだなと思いました。


そして第2巻には『flowers』2021年12月号に発表されたばかりの「満月の夜」も収録されました。
マルコが語る後日譚です。
4ページととても短いですが、「秘密の花園」という物語に静かに幕を下ろす味わい深いエンディングでした。


ページ数の関係か、ショート番外編「火曜日はダイエット」は未収録でした。
次の単行本にぜひ入れて頂きたいです。


そうそう、今回は発売日にCMは流れなかったようですね。
期待していたのですが残念です。


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ところで「春の夢」や「ユニコーン」と同様に、この作品にも気になったことが色々ありました。
その中で今後のエピソードに関わるかも?というものを挙げてみます。


ブラザー・ガブリエル
もう二度と出てこないかもしれないけど私が一番気になるのがこの人なんです。
だって謎が多過ぎるじゃないですか!
葬式までしたのに実は生きてたなんて、どう考えてもおかしい。
本当に普通の人間だったの?
エドガーがエナジーを吸った時にブラザーの記憶が一緒に入り込んできましたが、この現象は結構重要そうな気がします。


エドガー達の後見人(アーサー含む)や主治医
人間界にいるポーを支援する秘密結社のようなものがあるんじゃないかと思うのですが、具体的にどのようなことをしているのか?
財源と方法は?
人間の協力者もいるのか?


エドガーが催眠術を使えること


シルバーが犬を使うこと


アランが犬を怖がること


ケイトリンは再登場するのか?


ポーの眠り病とルチオの眠れない病に関連性はあるのか?


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ポーシリーズは来年の初夏に新章開始だそうです。
次は2016年以降の話でしょうか。
それとも別の話?
まだまだ先ですが待ち遠しいですね!

 


第1巻の感想です。よろしければどうぞ。

(72)フラワーコミックススペシャル『ポーの一族 秘密の花園1』 - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記

 

 

 

(83)「爆発会社」「ケーキ ケーキ ケーキ」~進め! 女の子

『flowers』12月号に「秘密の花園」の後日譚「ポーの一族 満月の夜」が掲載されました。
その感想を書こうと思っていたのですが、とても短い作品なので次にフラワーコミックスの感想と一緒に書くことにして、萩尾先生の初期作品シリーズを続けたいと思います。


今回ご紹介するのは、夢に向かって頑張る女の子が主人公の2作品「爆発会社」と「ケーキ ケーキ ケーキ」です。


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「爆発会社」

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「爆発会社」は1970年の『別冊なかよし 虹色のマリ特集号』に掲載された32ページの作品です。
「ルルとミミ」「すてきな魔法」「クールキャット」に続く講談社での4作目で、『萩尾望都作品集』に収録されている作品の末尾には「1969年10月」と記されています。


お話は…


時は21世紀。宇宙時代。
ディビーは若いうちにスターになって世界を征服するのが夢。
ファッションモデル、CMガールとチャレンジするも、ことごとく爆発会社に邪魔されてうまくいきません。


爆発会社とは依頼を受けて何でも爆発させてしまう、世界中を騒がせている会社。
ただし、その爆弾は人体には作用しません。


ディビーは次に漫画家になろうと作品を持ち込んだ出版社で、またも爆発騒ぎに巻き込まれますが、爆発会社の正体をつかみます。
実は会社と言ってもジェイミーという青年が1人で請け負っていたのでした。


ジェイミーはディビーが目をキラキラさせながら夢を語る様子に惹かれてデートに誘いますが、2人は大ゲンカ。
そして思わぬ展開に!


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初期作品に多い、コメディータッチのテンポのよい作品です。
タイトルページはこちら。

 

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(『萩尾望都作品集1 ビアンカ』1995年 小学館より。下も同)


1ページを使った扉絵ではなく、見開きで題字だけというのが面白いですよね。
コマのサイズも大きく取れるし、爆発予告で大騒ぎしている場面なのでタイトルと内容がマッチして効果的だなと思います。


この作品が描かれたのは69年ですが、舞台は21世紀。
そこで建物などの絵は近未来的です。

 

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車が空を飛んでいて、テレビからニュースが印字されて出力されたり、会社の受付がAIだったり。
当時先生が想像されていた21世紀はこんな感じだったのかと面白いです。


そんな近未来の話なのに、女性の価値観が69年当時と同じなのも興味深い。
ディビーのママは言います。


「女の子は電子お料理学校へでもいって
すてきなお嫁さんになるのが
いちばんいいのよ」


ジェイミーも


「女の子は義務教育を終えたら
お料理か手芸かなんかの学校にいって
結婚しちゃうのが
このごろの流行だろう?」


最後の「このごろの流行」というところがミソですよね。
女性の社会進出がどんどん進み、1周回って専業主婦への憧れが強くなった時代なのかもしれません。


でもディビーは全く違います。
夢は大きく、決めたら一直線。
こっちがダメなら、あっちへ。
何があってもめげず、発想が柔軟で。


そんな風に「流行の女の子の型に はまっていない まったくめずらしい人間」だから、ジェイミーは好きになってしまうんです。


「ディビー ディビー
きみは最高だよ
くったくがなくて
すなおで明るくて
短気で ずうずうしくて」


この言葉で表されるディビーのキャラクターこそが、この作品の最大の魅力でしょう。
「女の子はこうあるべき」という世間の不自由さを軽々と超えていく姿には、先生ご自身の憧れが投影されていたんじゃないかと思います。

 

私が思わず笑ってしまうのは、ディビーが漫画を持ち込んだ出版社の編集者が一つ覚えのように「新人は個性が大切」と繰り返し、ディビーがブチ切れるところ。
もしかしたら先生も耳にタコができるくらい聞かされていたのかも。


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「ケーキ ケーキ ケーキ」

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「ケーキ ケーキ ケーキ」は『なかよし』1970年9月号と10月号の別冊付録として前後編に分けて発表されました。


付録なので本誌よりサイズが小さく、全258ページ。
珍しい原作物で、原作者は一ノ木アヤさんです。
私が持っているのは1冊にまとまった『萩尾望都作品集』で、「1970年5月」と記されています。
扉絵はこちら。

 

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(『萩尾望都作品集3 ケーキ ケーキ ケーキ』1995年 小学館より)


お話は…


塩崎カナはお菓子がなければ生きていけないほど大好きな17歳。
3姉妹の末っ子で父は大学教授、母はフランス語がペラペラのインテリ。
カナが生まれた時、夫婦は3人を芸術家にしようと計画します。
長女に文学、次女に音楽、そしてカナには美術を学ばせようと。
いずれフランスに留学させるつもりで3人にフランス語も教え込みます。


姉達は両親の期待通りに才能を発揮しました。
でもカナは美術の才能もなければ勉強の成績もさんざん。
唯一の取り柄は人並外れた味覚でした。


ある日、カナは高級フランス菓子の店で、自分が美味しいと感激していたケーキの味に抗議するフランス人の青年に出会います。
青年はパリの菓子職人・アルベール。
本物のフランス菓子はこんな味ではない、これが本物だと思われてはたまらない。
そう言う彼に店のパティシエは、だったら今ここでお菓子を作ってみろと怒鳴ります。


喜んで楽しそうにお菓子を作るアルベール。
それはシュークリームと、彼の家に代々伝わるケーキ。
見た目が美しいだけでなく、それまでカナが食べてきたケーキとは一線を画す美味しさでした。


その夜、カナは決心しました。
パリに行ってアルベールに弟子入りし、一流の菓子職人になる!
父には頭ごなしに反対されたものの、姉2人のパリ留学が決まり、その食事係という名目でパリへ旅立ちます。


けれどパリにはお菓子屋が星の数ほどあり、アルベールという名前の職人も大勢いました。
カナは自分の舌だけを頼りに探し歩き、ついにアルベールのお菓子と同じ味の小さな店を見つけます。


喜びも束の間、カナは衝撃の事実を知ります。
アルベールは日本で交通事故に遭い、亡くなっていたのでした。


アルベールの父のルイは跡継ぎを失ってやる気をなくし、飲んだくれるばかり。
それでもカナはアルベールのような菓子職人になりたくて強引にルイに弟子入りし、修業を始めるのでした――。


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この作品にも「爆発会社」のようにヒロインが夢に向かって進む爽快感があります。


ルイは始めは日本人というだけでカナを追い返し、二度とお菓子を作らないと言っていました。
けれどカナは何度も衝突しながらルイを本気にさせていきます。
そしてアクシデントを乗り越えてコンクールで評価され、ルイと親子のように心を通わせるまでになるのです。


また、世間の価値観をひっくり返して自分の道を進むところも「爆発会社」と通じています。
カナが菓子職人になりたいと言った時、父は全く取り合いませんでした。


「パパは許しませんよ!
だいいち女の子の菓子職人なんて聞いたこともない」

「もっと女の子らしい仕事をえらびなさい」

「これが絵や彫刻の勉強ならパリに留学させてあげる
でも お菓子作りなんか勉強してどうするんだね!」


ルイも


「女は職人に むかないのさ」

「一流になるには この世界じゃ
かるく10年はかかるんだぞ
女になにができる!」


パリはどうだったか分かりませんが、実際70年頃の日本には女性のパティシエはほとんどいなかっただろうと思います。
でも、そこで諦めず自分の唯一の才能を信じて行動するカナ。
何かを好きだという情熱は周囲を変えていき、読んでいるこちらも応援してしまいます。


「爆発会社」と「ケーキ ケーキ ケーキ」の共通点をもう1つオマケに。
ディビーがCMガールのオーディションを受けた時の番号が133番。
カナがコンクールに出品した時の番号も133番。
この番号、先生にとって何か意味があったのでしょうか?


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一方、「爆発会社」がオリジナルの読み切りであるのに対して「ケーキ ケーキ ケーキ」は原作付きの長編なので、異なるところももちろんあります。


一番大きいと思うのは、「ケーキ ケーキ ケーキ」がヒロインの青春物語であり成長物語になっている点です。
何度もくじけそうになり時に涙を流しながらも壁を乗り越えていく姿は、長編だからこそ描けるものでしょう。


そして全体的な印象が当時の類型的な少女漫画である点。
ストーリーやテイストに萩尾先生の独自色はほとんど感じられません。


例えばクレマンという青年がルイの店を妨害する悪役として登場しますが、こういう役回りの人物はオリジナル作品にはあまり出てこない気がします。
(ちなみに私はクレマンをオスカーの原型だと勝手に思っています。)


「萩尾先生が『なかよし』の色に染まるとこういう作品になる」という視点で読んでみるのも一興かもしれないですね。


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ところで今年出版されて話題になった先生の著書『一度きりの大泉の話』(河出書房新社)に「ケーキ ケーキ ケーキ」にまつわるエピソードが書かれています。
(最初に書いたページ数は、この本に記載された情報に基づいています。)


それによるとパリのお菓子屋の様子がわからず困っていたところ、手塚治虫先生のアシスタントをなさっていた原田千代子先生のツテで、パリから帰国されて間もない手塚先生から直々に店内の様子を細かく聞かせて頂いたそうです。


また、「ケーキ ケーキ ケーキ」を描き終えた頃、講談社の担当編集者の方に小学館に移ろうと思っていることを話すと「あなたは、あまり『なかよし』に合わないと思うし、他にないかなあと考えていたんだよ、小学館は良いかもしれないね」と、すんなり了解して頂けたそうです。


その後の展開は、よく知られていますよね。
理解のある編集者の方で良かったなと思います。


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記事内の作品はこちらで読めます

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「爆発会社」

 

「ケーキ ケーキ ケーキ」

 

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