亜樹の萩尾望都作品感想ブログ

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(84)フラワーコミックススペシャル『ポーの一族 秘密の花園2』

秘密の花園」の連載が終了してすぐにコミックスの第2巻が発売されました。

 

ポーの一族 秘密の花園(2) (フラワーコミックススペシャル)

 

カバーイラストは『flowers』2020年7月号に掲載された連載再開予告時(Vol. 2)のものです。
個人的に好きな絵なので嬉しい ♪
第2巻にはVol. 6 から10 までと、後日譚「満月の夜」が収録されています。


私が気付いた範囲で掲載誌からの変更点は、Vol. 7 で馬に乗るエドガーの小さな絵に靴が描き加えられていました。
文字は表記の閉じ開きが変わったところがありますが、言葉の変更はなかったようです。


私はVol. 10 のセスのセリフ「大学で父が学生になぐられて大ケガをして…ケンカした学生って…あなただったんですね」の「父」(グローブ氏)が「兄」(セシル)の誤植ではないかと疑って前の記事にも書いていたのですが、ここも変更されませんでした。


ということは「アーサーが大学でグローブ氏を殴って大ケガをさせた」で正しかったのですね。
疑ってしまい大変申し訳ありませんでした。


連載時にこのセリフを読んだ時、私はアーサーが卒業直後に父を殺すつもりで家に行った話かなと思ったんです。
でもよく考えてみると、その時グローブ氏は留守だったので会っていないんですよね。


改めて読むとVol. 6 でパトリックが「アーサーの大学時代なんて悪い話しか聞かないぞ! 父親を殺しかけたんだもんな!」と言っているし、Vol. 9 では婦長が「殺されかけたっておっしゃってたじゃない」と言っているので、具体的なことは描かれていないけれどそういう事件があったんですね。


それも「鬼」と言われていた所以なんだなと今更ながら思いました。


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さて、ここからは1巻と2巻を通して読んだ感想を書いていきたいと思います。


連載時に私が一番わからなかったのは、アーサーがなぜポーの一族に加わろうと決めたのか?ということでした。
そしてそれは今も、はっきりとは分かりません。


アーサーの人生は苦しみの連続でした。
主な出来事を書き出してみると


5歳の時に事故で半死半生となり父に捨てられる。

母は厳しく、愛された思い出がない。(byクラウディア先生)

パトリシアを好きだったが容貌を気にして告白できない。

16歳の時、本人が知らない間にパトリシアの祖父母が結婚の申し込みに来るが、母が断る。

パトリシアはアーサーに愛を告白する手紙を書くが届かない。パトリシア結婚する。

父が別の女性と家庭を持っていたため両親が離婚。

17歳の時、母が自殺。

大学時代は荒れる。父を殺しかける。鬼と呼ばれる。

ダイアナが妊娠し、流産させるつもりがダイアナまで殺してしまう。罪の意識。

大学卒業直後、父を殺して自分も死のうと家まで行くが留守。
偶然再会したパトリシアのために小犬を引き取ってから、死ぬことも殺すことも考えなくなった。

9年後パトリシアに再会。互いに愛していながら結ばれない。

ダイアナの弟ダニーにダイアナを殺したことを告白するが、子どもの父親が自分ではなかったと聞かされる。

結核を患い死期が近づく。


いや、これでは人間をやめたくなるのも無理ないですよね。
絶望のあまり「エルフになりたい」と真剣に望むアーサー。


けれど療養所でセスの看護を受けて気持ちに変化が生まれます。
憎んでいた父の家族も自分と同じように苦しんでいたと知り、ある点では父を認めるようになる。
更にパトリシアと夢の言葉で永遠の愛を交わし、想いを遂げることもできました。


それなら穏やかな気持ちで人間として死に、天に召されても良かったのに、なぜ一族に加わったのか。
アランが言ったように、仲間になるということは怪物になるということで人間界には戻れないのに。


パトリシアの永遠の愛を胸に生き続けたかった?
エルフになってみるのも面白いと思った?
エドガーに惹かれていたから?
母の願いだと思ったから?


うーん、どうもピンとこないなあと思っていたのですが…。


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フラワーコミックススペシャルのカバーの折り返しには、いつも萩尾先生の短いメッセージが書かれています。
第2巻のメッセージのタイトルは「そして、花園へ」。
文の中には次のような言葉がありました。


「アーサーが望んでいた愛は夢のように現れては消えていく。
彼は人間として生きたいのか、エルフになりたいのか。
己の罪、己の贖罪を告白し、アーサーは子供時代の無垢な花園に帰っていきます。」


子ども時代の無垢な花園に帰る。
あ、もしかしてこれが一族に加わった理由では?


そう思って読み返してみると、花園=庭についての言葉は作品のそこかしこに出てくるんですよね。


ブラザー・ガブリエルにとってはメリッサのいた中庭こそが探し続けていた「天国の庭」でした。
それは天使がやってくるような美しい庭。
回廊で囲まれ、オレンジやリンゴやレモンの木があり、中央には清らかな泉。
白いクジャクや毒ヘビがいる庭…。

 

アーサーにとっても、そこはドミニクという無垢な天使が住む庭でした。


ドミニクはアーサーの初めての友達。
事故の後遺症で体が弱く、両親に見捨てられたアーサーにドミニクはいつも優しく、幼い2人は「身をよせあう小さな雛鳥」のようにして1日中庭で遊びました。


10歳の頃にブラザーが来るとアーサーの体も次第に回復。
ドミニク、マルコ、ブラザー、パトリシア、祖父母に囲まれて成長した子ども時代は不幸ではなかった、とアーサーは述懐しています。


考えてみればドミニクと出会ってから13歳でロンドンの寄宿学校に入るまでが、アーサーの人生で唯一の幸せな時代だったのではないでしょうか。
そしてその思い出は美しい庭と結び付いているのです。


中でもドミニクと2人で過ごした幼年時代は特に懐かしい思い出として、たびたびモノローグに出てきます。


「(ランプトンの絵を描いていると)
子供の頃の…
永遠の時間に たちもどってしまう…
父と母に捨てられていたぼくを
この庭でドミニクが拾ってくれた
そうなんだ…ドミニク…」
(Vol. 6)


「不思議だ
エルフが人間のそばにいて
私は絵を描いている
絵を描いていれば
子供の頃の庭にたちもどれる……
ずっとランプトンを描いていたい」
(Vol. 7)


療養所に入ってからも


「ミツバチ 小鳥…
ドミニクがいた庭…
私には思い出と庭があるじゃないか
やっぱりあの庭に帰りたい…」
(Vol. 9)


永遠の時間を過ごした、あの庭に帰りたい。
子ども時代の無垢な花園に帰りたい。


その望みがポーの一族に加わることで叶うのか、私には分かりません。
それでも彼はエルフになって「天国の庭」で永遠の時を生きたかったのかな、という気がしています。
ドミニクを思い起こさせる青い瞳のエドガーと共に。


この作品のタイトルは「秘密の花園」。
アーサーとドミニク。
ブラザーとメリッサ。
パトリシアとアーサー。
アーサーとエドガー。
いくつもの秘密が、ここで交わされたのですね。


そして、その花園の象徴がバラのアーチなのでしょう。
ラストシーンの新しいバラのアーチを見ると、いつかエドガーとアランがここを訪れる日が来るような気がします。
このイラストのように。

 

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「バラの門の番人」
(新潮社『芸術新潮』2019年7月号)


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そのほかの主な感想。


秘密の花園」はポーシリーズの中で最も長い作品になりました。
旧シリーズは全て短編と中編でしたし「春の夢」と「ユニコーン」も単行本1冊分だったので一気に倍の長さです。


萩尾先生はどうしてこんなにページを費やしたんだろう?と考えると、やはりアーサーの心の動きを丁寧に描くためだったんじゃないかなと思います。


一族に加わる時、エドガーは突然であらがえなかったし、アランもそれ程ためらわなかったし、メリーベルに至ってはほとんど衝動的でした。
でも時間をかけて選択できるなら、たいていの人間は葛藤するはずで。
特に分別のある大人なら。


その姿を初めて追って見せてくださったのが、この作品なのでしょう。
もちろん先生の意図するところは他にもあったでしょうけど。


また、アーサーだけでなくパトリシアの心の動きも細やかに描かれていて、1人の女性として魅力的でした。


連載時にはあまり気に留めなかったのですが、Vol. 4 でブラザーに「(聖バルバラのように)あなたも最後まで戦う人です」と励まされて「私 何があっても強く戦います!」と宣言する場面を読んで、自分の意志を貫く女性であることを暗示していたのかなと思いました。


それからエドガー。
エドガーがアーサーを後見人にと望んだのは、アーサーに惹かれていたことも大きな理由ですよね。
「春の夢」のラストでアランがエドガーに言った印象的な言葉があります。


「きみは壊れた時計が好きなんだ
だから ちょっと壊れた人間のそばに
いたがるんだ」


この時はブランカやノアを指していたのですが、「秘密の花園」を読んで「ちょっと壊れた人間」とはエドガーに近い孤独を抱えた人なんだなと思いました。


そして第2巻には『flowers』2021年12月号に発表されたばかりの「満月の夜」も収録されました。
マルコが語る後日譚です。
4ページととても短いですが、「秘密の花園」という物語に静かに幕を下ろす味わい深いエンディングでした。


ページ数の関係か、ショート番外編「火曜日はダイエット」は未収録でした。
次の単行本にぜひ入れて頂きたいです。


そうそう、今回は発売日にCMは流れなかったようですね。
期待していたのですが残念です。


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ところで「春の夢」や「ユニコーン」と同様に、この作品にも気になったことが色々ありました。
その中で今後のエピソードに関わるかも?というものを挙げてみます。


ブラザー・ガブリエル
もう二度と出てこないかもしれないけど私が一番気になるのがこの人なんです。
だって謎が多過ぎるじゃないですか!
葬式までしたのに実は生きてたなんて、どう考えてもおかしい。
本当に普通の人間だったの?
エドガーがエナジーを吸った時にブラザーの記憶が一緒に入り込んできましたが、この現象は結構重要そうな気がします。


エドガー達の後見人(アーサー含む)や主治医
人間界にいるポーを支援する秘密結社のようなものがあるんじゃないかと思うのですが、具体的にどのようなことをしているのか?
財源と方法は?
人間の協力者もいるのか?


エドガーが催眠術を使えること


シルバーが犬を使うこと


アランが犬を怖がること


ケイトリンは再登場するのか?


ポーの眠り病とルチオの眠れない病に関連性はあるのか?


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ポーシリーズは来年の初夏に新章開始だそうです。
次は2016年以降の話でしょうか。
それとも別の話?
まだまだ先ですが待ち遠しいですね!

 


第1巻の感想です。よろしければどうぞ。

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