亜樹の萩尾望都作品感想ブログ

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(45)「塔のある家」~妖精を信じていた頃/「千本めのピン」

 萩尾先生のデビュー直後の1969年から73年までの作品の中から私が特に好きな作品の感想を書くシリーズ(?)、1作目は「塔のある家」。
『週刊少女コミック』71年12号に掲載された31ページのファンタジックなおとぎ話です。

 

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(『萩尾望都作品集2 塔のある家』1995年 小学館より。下も同)

 

「塔のある家」は、こんなお話です。
ラストまで詳しく書いていますのでネタバレNGの方はご遠慮くださいませ。記事の最後に作品が収録されている本をご紹介しています。)


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イギリスのリトルリーズ村。
春、幼いマチルダが両親と一緒に引っ越してきます。
新しい家にはお城のような塔がありました。


チルダは塔の中で3人の妖精と出会います。
3人はマチルダが妖精を信じてくれたことを喜び、マーティと呼んで友達になります。
チルダは庭師の息子のトーマスに頼んでバラの苗を3本買ってきてもらい、垣根のそばに植えて妖精達の名前を付けます。
そして妖精達やトーマスと楽しい日々を過ごしていました。


けれどトーマスは両親が亡くなり、おばに引き取られていきました。
さらにマチルダが11歳の時、胸を患っていた優しい母が亡くなってしまいます。
その葬儀の後でマチルダは父から自分が養女であることを聞かされますが、同時に両親の深い愛情を感じるのでした。


次第に塔へ行かなくなるマチルダ
妖精達は別れを悲しみます。


「とうとう さよならする日が来たんだね
さいころの おとぎ話と」
「さよなら さよなら
小さなマーティ……
あんたは もう
あたしたちの声や姿を
感じることができない……」


母の死から4年後に父も事故で亡くなりました。
その悲しみを癒してくれたのは中学時代の上級生・ディック。
2人は結婚間近と噂されましたがディックが心変わりし、村にいるのが辛くなったマチルダは何かを求めて都会に出ます。
いつかマチルダが自分達を思い出せるように――。
妖精達は願いを込めて、荷造り中のトランクに入れる本の中に、ひとかけらの光を閉じ込めるのでした。


3年後、マチルダ洋品店で働いていましたが、何も見つけることができないまま都会の暮らしに疲れていました。
そんなある日、戸棚の中の1冊の本が目に留まります。
それは持って来たことさえ忘れていた、小さい頃に母が読んでくれたお話の本――妖精達が光を閉じ込めた本でした。


「――三月の精たちは
ドアをたたく音を聞くと
たちまちバラの香りに姿をかえて――」


本を開くと懐かしい母の声と共に故郷の思い出が甦り、マチルダはリトルリーズ村に帰ります。
けれど塔のある家は、つい最近人手に渡ったと言われます。
それでも家を見に行くと、春まだ浅いというのにバラが次々と咲いて満開に!
妖精達が奇跡を起こしたのです。


妖精を信じていた日々を思い出したマチルダの前にトーマスが現れます。
トーマスはおばの遺産をはたいて家を買ったのでした。
2人は結婚し、やがて娘が生まれます。
妖精達は幼い娘がいつか塔の階段を上がってくる日を心待ちにするのでした。


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この作品で私が一番好きな場面は、何といってもマチルダが本を開いて故郷を思い出し、家に帰ってくるところです。
言葉に心を揺さぶられるのです。


「バラのかきね
木いちごのしげり
村の細道
 古い友だち
 初めての恋
そして西日のさす塔のある家

どんなに たいせつな
なつかしいものが
あそこにあったか……
わたしの ふるさと」
(マチルダ


「まあ 夢じゃない!
たしかに あたしたちの小さなマーティ!

マーティ! マーティが

マーティがリトルリーズの村に帰って来た!」
(妖精達)


私は大人になって漫画から遠ざかり、2016年のポーシリーズ復活をきっかけに舞い戻ってきたのですが、その2年位前になぜか無性にこの作品を読みたくなって読んだことがありました。
萩尾漫画熱が再燃した後でポーの次位に読んだのも、この「塔のある家」です(実は「トーマの心臓」とどちらが先だったか忘れてしまいました)。


恥ずかしながら告白します。
復活後に読んだ時、この場面で私、号泣しました。
そして気づいたのです。
自分もマチルダと同じだということに。


私にとって妖精の光が閉じ込められた本は「ポーの一族」。
40年ぶりのシリーズ再開で久しぶりに手に取って読んでみたら、そこには懐かしく豊かな世界が広がっていて、夢中で読んでいた頃の幸せな時間が思い出されて。
しかもその世界は子どもの頃に感じていたよりも、もっともっと味わい深く輝いていて。
自分は長い時間をかけてここに――萩尾ワールドに――帰ってきたのだなあと感慨にふけったのでした。


私のようにポー復活で戻ってきた方は多いと思いますが、みんなマチルダと同じなのかもしれません。


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絵で特に好きなのは、冒頭の一家が馬車でやってくる場面です。
妖精が住んでいそうな家と馬車が1つの大きなコマに収められていて、ファンタジックな物語が始まる予感がします。
また、他と違う技法で雰囲気を高めている絵も印象に残ります。
例えば都会の街並みを斜め上のアングルから描いたコマは、粗いタッチで重苦しい雰囲気。
ラスト近くのトーマスがマチルダにプロポーズする場面は、まずバックがベタのコマがあり、次のコマで風景が点描になっているからでしょう、時が一瞬止まったように見えて感動してしまいました。

 

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馬車でやってきた一家

 

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プロポーズの場面


それに、この作品はバラがとても効果的に使われているなあと思います。
どうしてマチルダがバラの苗を植えて妖精達の名前を付けたのかということは語られていないのですが、後の方を読むと、母に読んでもらったお話の一節から思いついたのだろうなと想像できます。
後にその一節を目にしたことでバラを植えた記憶が甦り、故郷を思い出す。
それだけでなくバラの花は母が亡くなった時もディックと幸せな日々を送っていた時も、そしてラストシーンでも描かれていて、読者はマチルダに向ける妖精達の優しい眼差しと、いくたびもめぐる季節を感じられるのです。


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ラストシーンで幼い娘に「妖精はいるの?」と聞かれてマチルダは答えます。


「ええ――いるのよ」
「幸せや望みと同じように
信じさえすれば
どこにでも いるものなのよ」


私はこのセリフもとても好きで、もしかしたら萩尾先生はこれを一番言いたかったのかな、と思います。
少女時代に「赤毛のアン」などモンゴメリ少女小説を愛読されていたそうですが、私も好きで読んでいて、「塔のある家」にはモンゴメリの物語世界に通じるものを感じます。


両親の愛に包まれて妖精を信じていた女の子が現実と向き合いながら成長し、別れを告げたはずの故郷で過ごした日々が、かけがえのないものだったことに気づく。
そして妖精も幸せも、本当はすぐ近くにいるということにも。


「塔のある家」は大人になるほどに愛おしくなる作品です。

 

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 他にもあります おとぎ話

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私の好きなおとぎ話をもう1つ。
1973年の『週刊少女コミックお正月増刊フラワーコミック』に掲載された「千本めのピン」です。

 

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(『萩尾望都作品集1 ビアンカ』1995年 小学館より)

 

こちらはわずか7ページの小品で、コマを割らず見開きに文章と絵が描かれています。
お姫様の1000本のピンのうち1本がなくなってしまい、困ったお姫様は捜し回るのですが見つからなくて…
最後は王子様の登場でハッピーエンド。


「塔のある家」と違って現実感のない、夢々しいおとぎ話です。
お話だけでなく絵もとても可愛い!
お姫様はメリーベルみたいだし、王子様は髪が長いけどエーリクにちょっと似てるかな。


萩尾先生がこんなメルヘンチックな作品を描かれていたなんて少し意外かもしれませんが、理屈抜きで童話の世界を楽しめます。

 

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記事内の作品はこちらで読めます

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「塔のある家」 

11月のギムナジウム (小学館文庫)

11月のギムナジウム (小学館文庫)

 

 

「千本めのピン」 

10月の少女たち (小学館文庫 はA 45)

10月の少女たち (小学館文庫 はA 45)