亜樹の萩尾望都作品感想ブログ

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(59)「モードリン」「花嫁をひろった男」~映画みたいなサスペンス

1969-73年作品、今回はサスペンス2編です。
まずは私が特に好きなこちらから!


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「モードリン」

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(『萩尾望都作品集2 塔のある家』1995年 小学館より。以下同)


こちらは『週刊少女コミック』1971年29号に掲載された40ページの作品です。
タイトルの「モードリン」は主人公の名前。
もうすぐ12歳になる少女です。


ある嵐の夜、眠れなくて部屋を出たモードリンは暗がりの中で叔父ウイルの姿を見かけます。
ウイルは階段の下を気にしていたようでした。
モードリンが下りて行くと、そこには庭師のクレーじいやが倒れていました。


けれど誰にも言わずベッドに戻ったモードリン。
翌朝、母からクレーじいやが階段から落ちて亡くなったと聞かされます。


モードリンは知っていました。
クレーじいやは本当はウイルに殺されたのだと。
でも誰にも言わない。
なぜならウイルが大好きだから。
秘密を共有していることが楽しかったから。


そうして半年ほど過ぎた頃、父の友人ブライスが家に滞在するようになり、事態は変わり始めるのでした――。


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私はこの作品を読むたびに上質なサスペンス映画を観たような気持ちになります。
1ページ目はモードリンのモノローグで始まるのですが、ここからもう作品の世界にグッと引き込まれるのです。

 

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「それが
クレーじいやでも
マーサばあやでも
運転手のベンでも
―――だれでもいい


たいせつなのはね
あたしが
知っているということなの
すてきな
ウイルおじさん

そうよ


だれにも
言いやしないわ
こっそりしまっておく


でもね
ウイルおじさん


知っているのよ
三月の あの
嵐の夜のこと
あたし――モードリンは
見たのよ」


大人びた少女の顔とモノローグ、いびつなインテリア。
惹きつけられる導入ですよね。
読者は最初からウイルが犯人だとわかって読み進めることになるのです。


ブライスの登場まで物語は動かず、主にモードリンの心の声が続きます。
大人びているけれど実はまだ背伸びしているだけの子ども。
全編を通して、その危うさがスリリングです。


映画的だと感じるのは独特のカメラアングルも理由の1つだと思います。
例えばこちらはブライスが、クレーじいやの死と同時に大時計が止まった話を聞く場面。

 

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ブライスは作家なのですが探偵のようですね。
1コマ目のブライスの顔の次にコーヒーと煙草の吸いさしを置いて時間の経過を表す。
大時計をアップから徐々に引いて下から見上げる人間を映す。


そしてこちらはラスト近くのモードリンとウイルの会話の場面。

 

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この時2人は向き合うように座っているのですが、モードリンが逆さに描かれていて緊迫感が増しています。
普通の漫画には、なかなかない表現ですよね。


また、この作品に限った話ではありませんが、周りの大人達の描写がリアルなことや建物・家具などが本物らしく見えることも映画を思わせる一因かもしれません。


私がこの作品を初めて読んだのは中学生の時でしたが、読みながらとてもドキドキしたのを覚えています。


最後に初期特有のローマ字の書込みをオマケに。


「〈裏話〉
この作品は69年の春に構成したものなのだ」

「そうして2年前の下絵にペンを入れると ひどくおかしな感じがする」


作品の発表は71年ですが『萩尾望都作品集』収録の最終ページには「69年5月」とあります。


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「花嫁をひろった男」

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「花嫁をひろった男」は『週刊少女コミック』1971年春の増刊号に掲載された32ページの作品です。
ストーリーは――


ある朝、オスカーが出勤途中に占い付きの体重計(こんな面白い物があるのでしょうか?)に乗ると、その日の運勢は「たいへんラッキーな ひろいものをします」。
でもそんな拾い物などないまま夜になり帰路につくと、車の前に突然ウエディングドレス姿の女の子が!


花嫁はキャンディ・18歳。
その日の午後、教会で結婚式を挙げたばかり。
ところが花婿はハネムーン先のホテルで毒入り紅茶を飲んで死亡。
しかも過去に2回結婚していて、毎回12時間以内に花婿が死んでいるという話。


オスカーの父である刑事はキャンディに殺人の容疑をかけ、キャンディの弁護士は精神鑑定を受けさせようとします。
キャンディはラッキーな拾い物のはずと、無罪を立証するために結婚式を挙げるオスカー。
はたしてオスカーは12時間以上生きていられるのか――!?


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シリアスな「モードリン」と違って、こちらはコミカルでおしゃれなサスペンス映画風。


オスカーは「トーマの心臓」のオスカーと顔も名前も同じです。
初期作品には同じ顔のキャラクターがちょいちょい出てきますが、オスカーという名前で登場したのはこれが初めて。
今度オスカーの変遷というのも辿ってみたいなと思っています。


そう言えばこの作品にはローマ字で「ユリスモール バイ(ハン)」「トーマ シューベ(ル)」と書かれているコマがあるんです。
トーマの心臓」「11月のギムナジウム」を(先生曰く)あてどなく描いていらした頃だったのでしょう。

 

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(ローマ字の左上部分に YURISUMOULU  BAI/TOMA  SYUBE)


キャンディは、あっけらかんとした明るさが魅力的。
初期にはこういう前向きなヒロインがよく登場します。

 

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サスペンスとして面白くコメディとしても楽しい「花嫁をひろった男」。
夫のことを「ハズ」と言うのが当時はおしゃれに聞こえました。
ネタバレになってしまうので画像は載せられませんが、私はラストの3コマが洒脱で好きです。


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記事内の作品はこちらで読めます

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「モードリン」「花嫁をひろった男」ともに

ルルとミミ (小学館文庫 はA 44)

ルルとミミ (小学館文庫 はA 44)

 

  

 

(58)「ベルとマイクのお話」「ママレードちゃん」~不器用な初恋物語

萩尾先生がデビューされた1969年から73年までの作品を感想を交えつつご紹介するシリーズ、久々に再開です。
はじめは自分が特に好きな作品をピックアップして書くつもりだったのですが、好きな作品が多過ぎて結局全部ご紹介することにしました。
たびたび中断することになると思いますが、気長にお付き合い頂ければ嬉しいです。


では今回は不器用な初恋の行方を描きながらもタイプの違う2作品を。


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「ベルとマイクのお話」

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「ベルとマイクのお話」は『週刊少女コミック』1971年3・4合併号に掲載された31ページの作品で、小学館の雑誌に初登場した記念すべき作品でもあります。

 

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(『萩尾望都作品集1 ビアンカ』1995年 小学館より。以下同)


先生は初期にラブストーリーをいくつも描かれていますが、軽快な作品が多い中でこちらは最も純粋なラブストーリーという気がします。


主人公はもうすぐ13歳になる女の子・ベルと、同い年位の男の子・マイク。
2人の出会いは公園のスケートリンク


友達とガールハント目的で来たマイクがベルに声をかけますが、ベルはからかわれたと思って無視します。
でも友人達から男の子に関するABCを教わって心を開き、2人は急速に仲良しに。
毎日グループでスケートをするようになります。


そんなある日、マイクにキスされそうになってベルは驚いて逃げてしまいます。
お互いに会いたいのに気まずい2人。
ベルの友人達が仲直りさせようとするものの裏目に出てしまい、余計にこじれて…。


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この作品の一番の魅力は、13歳前後の少年少女が初めて人を好きになって知るときめきや戸惑い、ぎこちなさが丁寧に描かれているところだと思います。


例えばマイクがベルにスイートピーを買ってあげる場面では


「こんな時 男の子は なんて言えばいいのかな」

「女の子は どんな気持ちで花をうけとるのかな」


気まずくなってからは


「マイク 待ってるのに どうしてこないの
……おこってるのかしら
……キスもさせない女の子なんか
つまんないって思ったのかしら」

「……公園でベルに会うかな
……いやがるかな でも……
そばで ただ見てるだけなら……
いいだろう……?」

「――スケート場でベルがもし……
話しかけてきたら?
――いや!
きらってるんだ そんなこと!」


こんな幼い恋心は誰にでも覚えがあるのではないでしょうか。
外国が舞台なのですが、私は読んでいると日本の話だと錯覚しそうになります。


でも、この作品は少年少女の目線だけで描かれている訳ではありません。
ベルの母と、隣に住むジョーという2人の大人の目線も加わっています。


ベルの母はしつけに厳しく、娘に男の子の友達ができたと知るやいなや「どんな子? 家は? お父さんは? 学校は?」「ベル! あぶないわよ!」と言うような人です。
「子どものため」と言いながらステレオタイプの価値観を押しつけるお母さん。
萩尾漫画にはこのタイプの母親がよく出てきますが、先生自らモデルはご自身のお母様だとおっしゃっています。


ジョーは年齢はわからないのですが大学生位に見えます。
ベルの母が「勉強もできるし家のしつけもいいし」と認めている人で、ベルにとっては小さい頃から優しいお兄さん。
意地っぱりなベルを諭して見守ってくれます。


この2人の存在によって単なる子ども向けの初恋物語で終わらず、大人になって読み返しても魅力的な作品になっているのではないかなと思います。


物語はベルとマイクがそれぞれの思いを胸に公園に向かうところで終わります。
その後の展開を読者に想像させるこのラストが、私はとても好きです。


ちなみに個人的に一番好きな絵はこちら。

 

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作品を通して女の子が小鳥に喩えられているのですが、小鳥のように逃げるベルと、つかまえようとするマイクが軽やかで印象に残ります。


また、同じ構図なのに心情の違いがわかる2つのコマも面白いと思いました。
まずこちらは初めて会った時の2人。

 

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マイクが声をかけようと近づいてきてベルは警戒しています。
次は翌日の2人。

 

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顔は小さくしか描かれていませんが、ベルが心を許して仲良くなっているのがわかりますよね。
左の枠線がないのも、ベルの心の開放と空間の広がりを感じさせます。


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ママレードちゃん」

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ママレードちゃん」は『週刊少女コミック』1972年23号に掲載された24ページの作品です。

 

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(『萩尾望都作品集10 キャベツ畑の遺産相続人』1995年 小学館より。以下同)


「ベルとマイクのお話」がリアリティのある初恋物語だとすると、こちらはずっと少女漫画的。
作品の雰囲気がだいぶ違うし、「ベルとマイクのお話」からそれほど時間がたっていないのに絵が華やかになっています(『萩尾望都作品集』では各作品の最後に年月が入っていて「ベルとマイクのお話」は1970年12月、「ママレードちゃん」は1972年4月となっています)。


ヒロインは16歳のジョージァ。
ジョーと呼ばれています。
母は亡くなり、父と3人の兄(弟かも)と5人暮らし。
近所の子とサッカーをするのが好きで男の子みたいなジョーですが、ママレード作りが得意。


ある日、箱いっぱいのオレンジを抱えて家に帰る途中、デザインスクールの生徒の一団とぶつかって家まで送ってもらいます。
生徒達のリクエストでスクールにママレードを持って行ったジョーは皆と仲良くなり、自分とぶつかったジェスに惹かれていきます。
でもジェスはジョーを男の子だと思い込んでいたのでした。


スクールではファッションショーの準備が進められていましたが、当日、一番細いモデルが足をくじいてしまいます。
でも1人だけジョーが女の子だと知っていた生徒の機転でジョーが代役を務めることに。
あわてふためくジョーでしたが…。


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ジョーは「ハナがひくくて そばかすだらけで ガーリガリ」。
でも恋をして、きれいになりたいと思い始め、ファッションにも興味が向いてくる。
なのに男の子と間違われていたと知って大ショック。
どうせ自分なんかと元の生活に戻ってしまいます。


それでもショーに担ぎ出されて華奢な体型を活かせる服を身にまとい、コンプレックスだったそばかすを褒められ、薄化粧をしてライトを浴びる中で自分の魅力に気づくのです。


ジョーとジェスがぶつかってオレンジが道いっぱいに転がり、それをきっかけに恋が始まる。
おてんばな子が恋をして変わっていく。
まさに少女漫画の王道を行く展開ですね。
でもそこで大きなアクセントになっているのがファッションです。


萩尾先生は実際にデザインスクールに通っておられたので実体験に基づいているのでしょう。
スクールやショーの様子が生き生きと描写されていて、とても楽しいです。
中でも2ページに渡ってジェスが西洋のファッション史を語る場面は、専門的で絵も可愛くて見所の1つ。
私も大好きな場面です。

 

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ジョーがジェスの作った服を着てステージを歩いている時、ジェスはこんなナレーションをします。


「No. 11 時の夢
だれにでも少女のころの
夢多き…時があります
夢には目覚めが ともないます
たいていは恋を知ることによって
少女は より美しく
たおやかな娘となり
いつかは……」


その途中で小道具の時計のベルが鳴り出し、ジョーは弾かれたようにジェスに抱きつきます。
まさにこの時が、ジョーが少女の夢から目覚めた瞬間だったのでしょう。
恥じらいと幸せいっぱいの笑顔が可愛いです。


ジョーが鼻歌で歌っているのは「ジョージィ ポージィ プリンにパイ」。
モデルクラブに誘われるところは「この娘うります!」のドミみたい。
ジェスは「精霊狩り」シリーズのイカルスに似てる。
そんなちょこちょこした楽しみも見つかる作品です。


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記事内の作品はこちらで読めます

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「ベルとマイクのお話」

 

アメリカン・パイ (秋田文庫)

アメリカン・パイ (秋田文庫)

 

 

ママレードちゃん」

 

この娘(こ)うります! (白泉社文庫)

この娘(こ)うります! (白泉社文庫)

 

 

 

萩尾望都-愛の宝石- (フラワーコミックス)

萩尾望都-愛の宝石- (フラワーコミックス)

 

 

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過去に書いた1969-73年作品の感想です。よろしければどうぞ。

1969-73年作品 カテゴリーの記事一覧 - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記

 

 

(57)フラワーコミックススペシャル『ポーの一族 ユニコーン』

イベント続きで後回しになってしまいましたが、7月に小学館より「ユニコーン」のコミックスが刊行されました。

 

ポーの一族 ユニコーン (1) (フラワーコミックススペシャル)

 

皆様、もうとっくに読まれたことでしょう。
コミックス版『春の夢』と同様に全扉絵収録、表紙の絵や予告カットもほとんど載っていて嬉しいですね。


しかもパラパラと見たら加筆されているではないですか!
そこで掲載誌と比べてみると、「Vol. 2 ホフマンの舟歌(バルカロール)」に加筆やセリフの変更が沢山あったのでまとめてみました。
ちなみにVol. 1、3、4 は表記の変更だけでした。


・* Vol. 2 前編 *・


まずは冒頭に、エステルがサルヴァトーレとの思い出にふける場面が2ページ分追加されました。
ゴンドラに乗る2人はロマンチックな恋人同士。
この絵が入ったことで、コンサートの後でサルヴァトーレがエステルを訪ねてくる(と言うか勝手に家に入っていたんですけど。壁抜けできるんですか?)場面が、より切なく感じられました。

 

そしてエドガーとアランが久しぶりにブランカに会う場面。
先に掲載誌と同じこのコマがあって、

 

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その後、掲載誌ではブランカのセリフがこうだったのが…

 

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小学館『flowers』2018年8月号より)


コミックスではこうなりました。

 

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「13年もたつんだから」が「13年…いえ14年も~」に変わっていますね。
上のコマでエドガーが「13年…ぶり…? 最後はパリで会ったっけ? 終戦の時に…」と言っていて「※第2次世界大戦は1945年終戦。」と注記が付いています。
Vol. 2 は1958年の話なので確かに13年ぶりの再会です。


でも「春の夢」でブランカがヴァンピールに変化したのは終戦前年(1944)のパリ解放直後なんですよね。
それでセリフが「13年…いえ14年も~」に修正されたのでしょう。


これは言い換えると、「春の夢」のラストでエドガーとアランがパリに向かったのはブランカが変化してすぐの44年なので、ブランカに会ったかどうかわからないということですよね。
でも翌年2人はまたパリに行って、その時は会っていたわけです。


実は私、掲載誌で読んだ時にその辺りが「?」だったんです。
で、変だなと思いつつも記事(38)のVol. 2 前編の感想の中で「エドガーとアランがブランカに会うのは終戦の時(1945年)にパリで会って以来――つまり『春の夢』のラストでパリに行って以来」と書いていたのですが…。
修正で別々の出来事だとわかってスッキリしました。
まあ、そんな細かいこと気にするなって話ですけど。


・* Vol. 2 後編 *・


後編はコンサートの場面が3ページ分追加されました。
歌うブランカとか、オーボエを演奏するガロ神父とか、別れの言葉を交わすダンと母とか。
今回は歌わなかったけど、いつもはサルヴァトーレが去った女を恋うる歌「カタリ・カタリ」を歌うこともわかりました。
サルヴァトーレ、そんなにもエステルのことを…。


そしてエドガーがベルナドットと対面する場面は加筆だけでなくセリフの変更もありました。
私が「おっ」と思ったのは、掲載誌ではこうだったのが…

 

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(同『flowers』2018年9月号より)


こうなったこと。

 

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掲載誌ではエドガーはベルナドットに対して、この時だけ「私」と言って後は「ぼく」でした。
旧作を含めてエドガーが「私」という言葉を使ったのは初めてで新鮮だったんですけど、先生がやっぱりエドガーに「私」は似合わないと思われたのでしょうか。
じゃあ「秘密の花園Vol. 1」での「私」もコミックスでは変わるのかな。


同じ場面では他にローマ皇帝の名前が変わって注記が付き、加筆に伴うセリフの変更もありました。


◆◆・*・◆◆・*・◆◆


コミックスを読んで改めて気になったことも。


Vol. 1 で、かつて老ハンナの館があった一帯が今は「グール(怪物)の丘」と呼ばれているということですが、グールとはどんな怪物なのでしょう?
館が村人に襲撃された時、瀕死のポーが変化してグールになったのでしょうか。
エドガーは目覚めた時にグールの姿に変わっていたと言います。
まだ戻っていないというエドガーの指先は今後の話にどう関わってくるのでしょうか。


また、エドガーが「少しイギリスから離れたかった」のは、どうしてでしょう?


Vol. 4 では、やはりバリー=ダイモン(名前がいくつもある人なので、このブログでは今のところこう呼んでいます)の塔が気になります。
兄を取り戻すために造っているのでしょうが、儀式か何かの生贄としてアランかエドガーが必要なのか?
だとしたら怖い…。
でも、その答えがわかるのは当分先になりそうですね。
まずは「秘密の花園」の続きを待たないと。


◆◆・*・◆◆・*・◆◆


このコミックスの発売時にはテレビCMも流れて話題でした。
ナレーションは宝塚でシーラ役を演じ、すでに退団された仙名彩世さん。
シーラがナレーションしてる!と感激しました。
小学館様、次の『秘密の花園』刊行の際には、ぜひ仙名さんと明日海りおさんのお2人によるナレーションでよろしくお願いします。 

 

  ↑ Amazonでは『ユニコーン(1)』となっていますが(1)はありません。

 

 

(56)「ポーの一族展」の「宝塚歌劇の世界」ゾーン

先日、松屋銀座で大盛況のうちに幕を閉じた「デビュー50周年記念 萩尾望都 ポーの一族展」。
前の記事にレポートを書きましたが、「Ⅱ 宝塚歌劇の世界」ゾーンについては飛ばしていましたので改めてこちらで。


ここは昨年宝塚で上演された「ポーの一族」を紹介するゾーンです。
私も観劇しましたが、原作の世界観を大切にした上で宝塚ならではの華やかさがプラスされ、紙の絵が見事に立体化されていました。


ゾーンの中央では、その舞台のダイジェスト映像が流されていて、多くの方が足を止めて見ていました。
前のゾーンで原画を見ていた時からエドガー役の明日海りおさんの歌声が聞こえていて、私は「明日海さんの声を聞きながらポーの原画を見られるなんて最高 ♪」とニンマリしていました。
でも、このダイジェスト映像、ちょっと短い…。
もう少し長く見せて頂けませんか? 歌劇団様。


映像以外にも、衣装、小道具、舞台写真のパネル、衣装デザイン画、大道具デザイン画を展示。
また、ブラックプールにやってきたポーツネル一家が登場するホテルの階段のセットが、縮小されて設置されていました。


衣装だけ撮影可だったのでご紹介します。


一家がホテルに登場する場面

 

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エドガー

 

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リーベル

 

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男爵

 

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シーラ


エドガーがアランを連れて行く場面

 

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エドガー

 

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アラン


間近で見ると、やはり高級感が違いました。
リーベルとシーラのドレスはとても繊細で豪華です。


小道具はガラスケース内の展示でした。
一番「おおっ!」と思ったのはアランが持っていたロゼッティの焼き絵が付いたペンダントで、ロゼッティに似ているという設定のメリーベル役の華優希さんのスチール写真がちゃんと付いていました。


ドン・マーシャルとマルグリットの本もありました。
ドンが書いた『ランプトン』の表紙には『Lampton/Don Marshal』。
マルグリットが書いた『グレンスミスの日記』は『Glenn Smith’s Diary/Marger te Hessen』。
『グレンスミスの日記』の方は古さを出すために文字がかすれているという凝りよう。
ただ、水を差すようですがマルグリットの本は日記そのものではないので、古くはないはずですけど?
設定が違うのかな。


小道具はこの他に、エドガーが手にしていたバラの花、水車、ビルが老ハンナに打ち込んだ杭、ニンニクを吊るした縄、十字架、メリーベルを撃った銃と銀の弾、パレードで出演者が持っていたシャンシャン、それに台本がありました。


会場を出たところにはフォトスポットが。
用意されていたパネルがこちら。

 

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明日海エドガーと柚香アランの間に立って写真を撮れるんですけど、そんな恐れ多いこと、私には無理!
同じ気持ちの方が圧倒的に多かったからか(実際、立っている方を見たのは2人くらい)、友人が後日行った時にはエドガーとアランがぴったりくっついていたそうです。


★★★★★★★★★


原画展の図録(公式記念BOOK)には、萩尾先生、脚本・演出の小池修一郎先生、明日海さんの鼎談が載っています(『flowers』2018年2月号と3月号に掲載されたものの再録)。
これは制作発表会後に行われた鼎談で、はじめに萩尾先生と小池先生が対談されていて、途中から明日海さんが加わられたようです。


この時点ですでに萩尾先生は宝塚版にかなり期待を寄せていらっしゃいますが、実際に観劇されてからは完全に虜になられ、その素晴らしさを色々なところで口にしておられます。


図録に収載されているインタビューの中でも「舞台をご覧になって、作品に変化はありましたか?」という質問に「描くエドガーが全部、明日海りおさんの顔になってしまったことです」と。
そうそう、「このエドガー、明日海さんでしょ」っていう絵が結構あるんですよね。


極め付きは『演劇界』2018年6月号(演劇出版社)に掲載された夢枕獏さんのエッセイの挿絵。
何せエッセイのテーマが宝塚の「ポーの一族」なので、これはもう完全に明日海エドガーと柚香アラン。
原画展にも出展されていて図録にも載っています。


原作を心から愛する方が創った舞台を、原作者が心から愛している。
原画展に来場された方の中には、舞台化が決まって初めて「ポーの一族」を知って原作を読んだという宝塚ファンの方もいらっしゃるでしょう。
反対に原作ファンでこれをきっかけに初めて宝塚を楽しんだ方や、この会場でふれて興味を持った方もいらっしゃるはず。
私がこのゾーンにいた時に、舞台をご存じないと思われる若い女性が一目見るなり「メリーベル可愛い!」と声を上げていらしたのが印象的でした。
原作と舞台との、幸せな関係を見た思いです。


★★★★★★★★★


原画展の他のゾーンのレポートはこちらです。

(55)松屋銀座「デビュー50周年記念 萩尾望都 ポーの一族展」に行ってきました - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記

 

宝塚の関連記事です。よろしければどうぞ。

(31)宝塚「ポーの一族」東京公演を観てきました~原作ファンの愛のツッコミ - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記

原作ファン視点での観劇の感想です。

 

(32)宝塚「ポーの一族」ライブビューイングを観てきました~原作ファンの初ライビュ - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記

千秋楽ライビュの感想です。
ブルーレイとライビュの演技の違いについても追記しています。

 

 

(55)松屋銀座「デビュー50周年記念 萩尾望都 ポーの一族展」に行ってきました

今年は萩尾先生のデビュー50周年。
大規模な原画展を開いてほしいなあと願っていたところ、嬉しいことに実現しました。
「デビュー50周年記念 萩尾望都 ポーの一族展」。
タイトルを見るとポーだけかなと思いますが、「トーマの心臓」をはじめとする他の作品の原画も出展とのこと。
その第1弾が7月25日(木)から8月6日(火)まで松屋銀座にて開催されました。

 

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チラシ表裏


私は7月29日(月)の昼と30日(火)の夜に行ってきました。
両日ともかなり混んでいて人の流れが途切れることがありません。
男性も女性もオールドファンから若い方まで年齢層が幅広くて、特に30日は平日の夕方以降だったので勤め帰りと思われる方の姿が目立ちました。


29日に撮影した会場入口の写真です。
お花が正面に置ききれなくて横の方までずっと続いていました。

 

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会場に入ると右側の壁に「ポーの一族によせて」と題された萩尾先生のメッセージが掛けられていました。
ポーシリーズを再開しての先生のコメントはすでに色々なところで読んでいましたが、このメッセージには改めてジーンとしてしまいました。
後半をメモしてきたのでご紹介します(図録には載っていません)。


「あるときふと、物語の扉を開けたら、エドガーとアランが『ああ、やっと来たね?』と振り向いてくれました。
驚きました。
ずっと待っていてくれたのです。
(中略)
彼らには話したいことがたくさんあるらしく、おしゃべりが止みません。
彼らが待っていた時間を埋めるべく、今後もエドガーとアランの物語を描いていこうと思います。
彼らの内緒話や夢の告白に、耳を傾けながら。」


先生、彼らだけでなくファンはみんな待っていましたよ。


メッセージの左、つまり入口の正面には白いカーテンが掛かっています。
このカーテンが「ポーの一族」の世界への素敵な導入になっていました。


カーテンの中央にフランス窓のシルエットが浮かんでいて、床にその影が伸びています。
観音開きの窓は片方が少し開いています。
突然、風の音。
木の葉(花びら?)が舞うシルエット。
揺れるカーテン。
窓が開く音。
床に伸びた窓の影に人影が重なって、カーテンにこの絵 ↓ が映し出されます。

 

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(『萩尾望都パーフェクトセレクション6 ポーの一族Ⅰ』2007年 小学館より。以下同)


これに続く絵が1コマずつ映され「きみもおいでよ」のあたりで床の人影が消える。
そして、この絵 ↓ を最後に

 

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風の線と舞う木の葉が映されて消えるのです。


「これから『ポーの一族』の世界に入りますよ」という気分が高まったところでカーテン前を左へ進むと、いよいよ展示会場です。


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 Ⅰ 『ポーの一族』の世界
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ここは旧作のゾーンで新作は別のゾーンになります。
チラシにポーだけで200点以上と書かれていましたが、本当にすごい数の原画で圧倒されるほどでした。
印象的な絵はほとんどあったのではないでしょうか。


原画は作品の発表順、ページ順に並んでいて、各作品のはじめに解説のプレートがあります。
また、原画は黒いパネルの上に展示されていたのですが、ところどころ黒パネルに白抜きでポーの絵が描かれていて、とても効果的でした。


混んでいても少し待っていれば空いた時に絵の真ん前に立って鑑賞できたので、「あの絵を見られなかった~」という残念なことはありませんでした。
むしろ「まだ先があるから、あまりゆっくりしてはいられない」という気持ち。
とにかく1972年の「1ページ劇場」から始まって「エディス」まで原画を間近で沢山見られて感動でした。


特に注目したのが「メリーベルと銀のばら」。
この作品は第1話の扉に全4話と書かれているのに、発表されたのはなぜか3話でした。
そして単行本にする時に原稿を切り貼りして大幅に加筆されたのです。
例えば、こちらの絵は

 

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単行本では1ページ全体の大きな絵ですが、掲載誌ではこの部分だけでした。

 

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ですので原画をよく見ると、シーラと男爵の顔の周囲だけ貼り付けられているのがわかります。
「メリーベルと銀のばら」はこのような切り貼りが多いので、今後別の会場に行かれる方はそこに注目して見ると興味深いのではないでしょうか。
なお、他の作品にも切り貼りはありました。


今回の原画展には予告カットも出品されていて、とても嬉しかったです。
『プレミアムエディション』に掲載された絵はすべて出ていたようです。
予告カットはパネルではなくガラスケースに陳列されていました。
思わず食い入るように見てしまいましたが、余白に先生の手書きで編集さんに向けて作品のあらすじやアオリが書かれていたのが面白かったです。
中には「等寸大でお願いします」というのもありました。
「縮小しないでください」という意味なのでしょう。


ポーの一族」の予告カットのメモでは、アランの名前が「アラン・トワイニング(本編ではトワイライト)」になっていました。
「グレンスミスの日記」の予告は掲載誌で「グレン・スミス」になっていたので誤植かなと勝手に思っていたのですが、先生のメモも「グレン・スミスの日記」「グレン・スミス・ロングバート」であることを発見!
濡れ衣でした。どうもすみません。


ポーのゾーンには庄司みづほさんという方が制作された大きな人物相関図もありました。
旧作の登場人物の名前と特徴が書かれ、それぞれの関係性が示されています。
更に作品中の印象的な言葉や、1974年の「1ページ劇場」の文言、「クック・ロビン」「Aはアップル・パイ」の原詩まで!
大変な労作ですが、残念ながら図録には載っていません。
これから行かれる方は会場でしっかりご覧くださいね。


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 Ⅱ 宝塚歌劇の世界
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宝塚で上演された「ポーの一族」を紹介するゾーンです。
衣装のみ撮影可だったので写真を撮ってきました。
このゾーンについては次の記事でレポートしたいと思います。


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 Ⅲ 『トーマの心臓』の世界
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トーマの心臓」のみならず、関連する「11月のギムナジウム」「湖畔にて」「訪問者」「残酷な神が支配する」をまとめたゾーンです。


トーマの心臓」だけでも枚数が多くて感激でした。
個人的に好きな絵はいくらでもあるのですが、「それぞれの思いは胸の奥に秘められる――」というオスカーのモノローグのページと、ユーリの「神さま 神さま 御手はあまりに遠い」「いつも いつも 生徒たちの背にぼくは 虹色に淡い天使の羽を見ていた」のページの原画を見られたのが特に嬉しかったです。


プレゼントで読者の手に渡っていた8枚の扉絵も拝めました。
退色したものもありましたが、持ち主の方々が半世紀近く大切に保管されていたことがよくわかりました。


他にも一部にペン入れされた習作や、オスカーの未発表イラストなどが興味深かったです。
「11月のギムナジウム」から「残酷な神が支配する」まで連続して見られて、これらすべてが繋がって1つの世界なのだと感じることができました。


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 Ⅳ 萩尾望都の世界――50年の軌跡をたどる――
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50年間の主要作品が並ぶゾーンです。
最初がデビュー前の高校生に時に描かれた「闇の中」なのが、すごい!
展示されていた作品は次のとおりです。


「闇の中」
「ルルとミミ」
「ケーキケーキケーキ」
「精霊狩り」
「週刊少女コミック広告」
「キャベツ畑の遺産相続人」
「とってもしあわせモトちゃん ジョニーウォーカーくんのバラのものがたり」
「この娘うります!」
「11人いる!」
「ゴールデンライラック
スター・レッド
「メッシュ」
銀の三角
「A-A′」
「4/4カトルカース」
「X+Y」
「半神」
「マージナル」
イグアナの娘
バルバラ異界
スフィンクス
「なのはな」
王妃マルゴ
ポーの一族 新シリーズ」
「バラのロンド」(描き下ろし「ポーの一族」イラスト)


作品によって少ないもので1枚、多くて6枚ほどでした。
ずらーっと並んでいる絵を見ていくと絵柄や色彩の変遷が楽しいですし、本当に多彩な作品を生み出してこられたんだなあと思いました。
個人的には、大好きな「この娘うります!」第1話の1ページ目と見開き扉のカラー原画がとても嬉しかったです。


途中のガラスケースの中に波津彬子先生が所蔵されている原画が特別公開されていました。
波津先生と実姉の故・花郁悠紀子先生が萩尾先生より贈呈されたものだそうです(花郁先生は萩尾先生のアシスタントをなさっていました)。
この会場のみの公開だそうですが図録には収載されています。
大変貴重なものを見せて頂きました。


また、仕事場を再現したコーナーには道具や服飾関係の参考書籍などが置かれていて、『芸術新潮』に載っていたランプトンの写真もありました。


出口の近くでは萩尾先生のインタビュー映像が流れていました。
図録にインタビューが掲載されているのですが、そのダイジェスト版です。
やはり文字だけよりは映像の方が先生の雰囲気が伝わってきて、いいですね。


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会場を出ると物販コーナー。
色々なグッズがありました。
私は図録の他にクリアファイルや栞、一筆箋などを買いました。
いつも実用的な文具しか買わない現実派なもので…。
と言っても、もったいなくてすぐには使えないんですけどね。
前にくじで当たったレターセットの便箋なんて、カラーコピーして使っている位ですから。
今回は「小鳥の巣」のクリアファイルが欲しかったのですが、早々に売り切れていたので代わりに同じ絵のポストカードを買ってしまいました。


図録は正式には「公式記念BOOK」で、とても上質なものです。

 

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展示されている原画がすべて掲載されている訳ではないのですが、美しくて凝った作りです。
会場で流れていたインタビューも全文収録。
聞き手は『私の少女マンガ講義』(2018年 新潮社)でも聞き手を務め、構成・執筆をされた矢内裕子さんです。
他に100問100答や作品年表も載っています。


そして図録には嬉しい別冊付録も。
これがまるっと1冊、先生のクロッキー帳なんですよ!

 

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芸術新潮』にクロッキー帳が数ページ載っていて大喜びしましたが、こちらはクロッキー帳そのもので「ポーの一族」13ページ、「トーマの心臓」10ページ、「とってもしあわせモトちゃん」「11月のギムナジウム」「11人いる!」各1ページ、その他4ページもあるんです。
嬉しい~ ♪


この図録は展覧会の公式サイトでも購入できます。
送料がかかってしまいますが、展覧会まで待ちきれない方は一足先に買って楽しまれてはいかがでしょうか。


という訳で、見応えたっぷりの「ポーの一族展」。
私は2日とも物販を含めて3時間もいました。
それでも、もっと観ていたかった!


次の開催は12月4日(水)~16日(月)阪急うめだ本店です。
関西圏の方、お楽しみに!
そして来年の春は川崎市市民ミュージアム
また行きます!
その後もSF原画展のように全国を巡回してほしいですね。


~2019. 9. 14 追記~


大阪の前に名古屋での開催が決定しました ♪
9月30日(月)~10月17日(木)名古屋パルコ南館です。
もうすぐですね。
お近くの方はぜひ!


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「Ⅱ 宝塚歌劇の世界」ゾーンのレポートはこちらです。

(56)「ポーの一族展」の「宝塚歌劇の世界」ゾーン - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記

 

~2019. 12. 25 追記~


来春予定されていた川崎市市民ミュージアムでの展覧会は台風の被害により延期されました。
今のところ開催時期は未定とのことです。
スケジュールをチェックできる「ポーの一族展」公式サイトはこちら。

デビュー50周年記念 萩尾望都 ポーの一族展 公式サイト:朝日新聞デジタル


図録が一般書店でも買えるようになりました。
付録のポストカード(「秘密の花園 Vol. 1」扉絵)は付いていないそうですが、他は会場で販売されているものと同じです。

 

『ポーの一族』と萩尾望都の世界【普及版】 (原画集・イラストブック)

『ポーの一族』と萩尾望都の世界【普及版】 (原画集・イラストブック)

 

 

 

(54)2019年7月の女子美術大学特別講演に行ってきました

女子美術大学では毎年7月にオープンキャンパスの一環として同大学の客員教授である萩尾先生の特別講演を行っています。
今年も7月15日(海の日)に開催されましたので、私も友人と一緒に初めて聴講してきました。
会場は東高円寺の杉並キャンパス。
予定時間は15時から16時までの1時間です。

 

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定員250名の教室は満席でした。
開始予定時刻の少し前に萩尾先生が内山博子教授とともに登壇。
内山先生は『芸術新潮』7月号で萩尾先生にインタビューなさっていた方で、この講演ではいつも司会進行を務めておられます。
お2人は気心の知れた間柄だけに、とてもなごやかな雰囲気の中で始まりました。


今回は告知の時にテーマが書かれていなかったので何の話をされるのかなと思っていたら、タイムリーな話題でした。


大英博物館マンガ展
②『芸術新潮』7月号
③質問コーナー


講演はスクリーンに映し出された写真を見ながらお話しするスタイルで進められました。
それではメモを基にレポートを書いてみたいと思います。
先生方と質問者の方の言葉は正確なものではなくニュアンスですのでご了承ください。
文中の P は写真です。


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 ①大英博物館マンガ展

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ロンドンの大英博物館では5月23日から8月26日まで大規模なマンガ展を開催中で、萩尾先生の原画も出展されています。
オープニングの前に先生が現地を訪れた際の話を聴かせてくださいました。


P:博物館前のお着物姿の萩尾先生
レセプションの時に撮った写真だそうです。


P:会場エントランスの『不思議の国のアリス』のパネル
イギリスでは「マンガは子どものもの」という意識が強いので、大人にも親しみを持ってもらうためにアリスを入口にしたそうです。
最初はイギリス人にマンガの読み方をレクチャーするコーナー。


P:「ZONE 1」の看板
会場は6つのゾーンに分かれていて、その1つ目の看板。
「The art of Manga マンガという芸術」と題されたゾーンで、内山先生が「この言葉が素晴らしい!」とおっしゃっていました。


展覧会ではマンガの前史として浮世絵も展示。
萩尾先生も浮世絵から影響を受けたそうで、2枚の絵が紹介されました。


P:葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」 

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P:同「冨嶽三十六景 尾州不二見原」

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中学の美術の教科書に載っていて、特に構図がすごいと思ったそうです。
「木の描き方も現在とは違う」とも。


再びマンガ展の話。


P:『flowers』2018年7月号(小学館)表紙 ↓ のタペストリ 

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会場では天井から沢山のタペストリーが吊り下がっていて、この絵はキュレーターのニコルさんがとても気に入ったので選ばれました。
原画ではなく雑誌の表紙を使ったのは、イギリス人に日本のマンガ雑誌とはこういうものだと紹介したかったから。


P:「ポーの一族」の原画展示風景
ポーの原画を展示したのはイギリスが舞台なので。
そもそもイギリスを舞台にしたのは、妖精や怪物が登場するイギリスのファンタジーが好きだったから。
ポーシリーズを描き始めた時はまだイギリスに行ったことがなくて、初めて行った時には石の文化だと感じたそうです。
その後、5か月の語学留学もなさいました。


イギリスつながりでダーウィンの話。


P:「進化論のガラパゴス」数ページ分
私はまだ読んだことがないのですが「進化論のガラパゴス」は2007年に発表されたコミック旅行記です。
松井今朝子さんのお誘いでガラパゴスに行ったらとても面白かったのでダーウィンのことを調べたとか。
旅先でのお話を少し聴かせてくださいました。


P:「柳の木」の原画展示風景
P:「柳の木」全ページ
マンガ展では「柳の木」が全ページ展示されました。
そこでこの講演でも全ページが映し出され、先生が1コマずつ解説してくださいました。
この作品の執筆の動機は「知り合いの知り合いが子どもの頃にお母さんを亡くして、お母さんを許せないでいる、という話を聞いて親子を和解させたかったから」。
最初に思いついてから「3年寝かせていました」と。


P:ジャパン・ハウス(外務省の対外発信拠点)のコミック売場
もちろん萩尾作品も並んでいました。
ここではコミック以外にも工芸品などさまざまな日本製品が販売されていますが、先生曰く「一番売れるのはサランラップ(笑)。日本のラップは優秀なんですって」。
ここで行われたトークイベントに先生も出席されました。


P:日本藝術研究所
P:「半神」全ページ
ニコルさんはこの研究所の所長で、ここでワークショップが開かれました。
ワークショップで「半神」が取り上げられたので講演でも全ページが映し出され、先生が解説してくださいました。
先生はもともと双子が好きで「双子は鏡の裏表のようなもの、相反するものではないかと思って描いた。双子は神秘的で対比に良い」とのこと。
作品のラストについて「主人公は妹を憎んでいたけれど愛していた。でも、その兼ね合いがわからない。そんな時は泣くしかない」。


この後で「愛と憎しみをそれぞれずっと掘り下げていくと、根っこのところには同じ川が流れている。愛と憎しみの根は同じ」とおっしゃっていました。
それがとても印象的で、「柳の木」でも息子はお母さんを恨みながらも愛していたんだな、同じことなんだなあと思いました。


ジャパン・ハウスだったか日本藝術研究所だったかで、「柳の木」について参加者から「お母さんはなぜ傘をさしているのか、なぜ同じ服なのか」という質問がありました。
マンガを読み慣れていればわかることなのですが説明するのが大変そうだったので、「それは男の子の家のアルバムにあるお母さんの姿だから」と答えられたそうです。
最初にその写真を出そうかと思ったけどネタバレになるのでやめたとのことでした。


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 ②『芸術新潮』7月号

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P:表紙 

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(2019年 新潮社)


内山先生が「この本を買われた方は?」と呼びかけると、ほとんどの人が手を挙げました。
表紙の絵ですが、実は「ユニコーン」の連載が決まって(再開の時でしょうか?)時間があったので、カラー予告用に何枚か描いていた中の1枚なのだそうです。
『flowers』の編集の方に「この絵を『芸術新潮』にあげてもいいですか」と聞いたら「うーん」と渋い顔をされたけど了承してもらえたとか。
しかも「今日は新潮社も小学館も来てる(笑)」と。


P:p. 28~33 アトリエ訪問

 

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P. 29と31に写っている上の胸像はウィーンで購入した皇帝の像で、絵を描く時の参考にしているそうです。

 

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P. 31で先生の後ろにある小さな写真。
3人の人物が並んで立っていますが、これはポーの新作用の参考に。
多分、「ポーの一族」展のために描き下ろされた、こちらの絵のことだと思います。

 

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(「バラのロンド」ポストカード)


P:p. 36~45 クロッキー
「顔を描くとセリフやシーンが思い浮かぶので忘れないよう書き留める」
「大きいクロッキー帳は手を大きく動かせるのでアイデアが浮かぶ」
などとおっしゃっていました。


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  ③質問コーナー

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大勢の方が手を挙げる中から内山先生が指名されました。


Q1:「まんがABC」が再録される予定はないのでしょうか?
A1:調子が悪い時に描いたので単行本から外してもらっています。
私が生きているうちはイヤです。


そ、そんな~~! このお答え、この日一番の衝撃でした。
「まんがABC」は『別冊少女コミック』1974年6月号に発表された24ページの作品です。
アルファベット順のキーワードからマンガの描き方を手ほどきする内容で、先生のこだわりが詰まっていて読み応えがあります。
どうして再録されないのだろうと思っていましたが、先生ご自身の希望だったとは!
更に「A・アップから始まるけどUPなので間違っている。最初からツッコミどころで…(笑)」と。
先生、そんなこと誰も気にしませんよ!
でもきっと他にも読んでほしくない理由があるのでしょうね。残念です。


ちなみに、これとは別に『別冊少女コミック』1977年1月号から1979年3月号まで連載された「萩尾望都のまんがABC」という、より実践的な作品もあって、こちらは一部が『萩尾望都――愛の宝石――』(2012年 小学館)に再録されています。


Q2:ダニエル・T・マックスの『眠れない一族』という本は「バルバラ異界」や「ユニコーン」の構想に影響しているのでしょうか?
A2:その本はとても面白く読みました。
「春の夢」の「眠れない病」は影響を受けています。


Q3:影響を受けた人は?
A3:大勢いますが、やはり手塚治虫先生が一番大きいです。
構成やテーマの深さなどが素晴らしいです。


Q4:芸術新潮』の「年代別に見る画風の変遷」がとても興味深いのですが、年代ごとのカラーのようなものはありますか?
A4:時代背景には自然と影響を受けます。
若い時は画面がホットだったのが30代になると画面が静かになった。
古くなったと思ってデッサンの勉強をし直しました。


Q5:原画展の作品選びには、こだわりがあるのでしょうか?
「これは出したくない」というものも、あったりしますか。
A5:作品の選定は主催者にお任せしています。


Q6:「小鳥の巣」のカラー扉 ↓ の色彩が自分には衝撃的でした。
なぜこの色にしたのでしょうか? 

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(『萩尾望都パーフェクトセレクション6 ポーの一族Ⅰ』2007年 小学館より)

 

A6:覚えていませんが、若かったから単純な理由でバーッと塗ったんでしょう。
(内山先生が「勢いで?」)そう、勢いで。
色を決めるのは今も苦手で、赤青黄とか信号みたいに塗っちゃう。
あ、これも赤青黄だった(笑)。


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最後に内山先生が「この写真をぜひお見せしたい」とのことで、大英博物館での萩尾先生とピカチュウのツーショット写真が。
この後すぐに先生方は退出され、講演は驚くほど定刻通りに終わりました。
内山先生は時間がオーバーしないように気にされていて、萩尾先生を気遣っていらしたのかなと思いました。


私は萩尾先生のお姿を拝見するのが初めてだったのですが、それまで映像で見ていた通りの穏やかで物腰やわらかくユーモアに溢れた方でした。
とても楽しく充実した1時間で、機会があればまた聴講したいと思っています。


記事内でふれた『芸術新潮』の内容にご興味のある方は、よろしければこちらもどうぞ。

(53)『芸術新潮』2019年7月号 - 亜樹の 萩尾望都作品 感想日記


来月は「ポーの一族」展のレポートの予定です。